November 13, 2009

「豊岡エキシビジョン」(兵庫県豊岡市)が行われた。ここは、東京・六本木のイベント・ホール「ベルサール六本木」。豊岡市長をはじめ、農業生産者、旅館経営者などによるトーク、さらに地元の食材、産品なども展示された。
まずは、中貝市長による基調講演。テーマは「コウノトリ悠然と舞うふるさと」。スライドで画像や映像を見せながら、豊岡を紹介する。
「コウノトリの野生復帰」の物語を中心にすえながら、自然の脅威(2004年の台風23号災害)と恵みを伝えていく。豊かな自然と固有の歴史・文化。「環境都市」の実現に向けた取り組みを伝える。
つづいては、「豊岡お国話」と題してパネルディスカッション。中貝市長の横には、コメンテーターとして俳優の柳生博氏が着席。柳生さんは、(財)日本野鳥の会の会長であり、「コウノトリファンクラブ」の会長でもある。豊岡市には頻繁に来ていただき、コウノトリの野生復帰に向けての応援団長的存在だ。
パネリストは3人。実は、私にとって3人ともとても親しく、ご縁のある方ばかりだ。畷悦喜(なわて・えつよし)氏は、「コウノトリ育む農法」に取り組むお米の生産者。実は、但馬学の例会で「コウノトリ育むお米」で「おにぎり例会」を開催したときの講師である。「田んぼの良し悪しは、住む生き物が決めてくれる」の言葉が素晴らしい。
西村いつき氏。兵庫県農業改良課で環境創造型農業専門員。「コウノトリの育む農法」を指導し、推進されている。実は、西村さんのお父さんをずっと以前から存じてあげている。世間が注目するずっとずっと以前から、無農薬での米作りや自然農法的な農業・畜産をやっていらっしゃる凄い方なのだ。
高宮浩之氏(城崎温泉旅館経営)。彼とは、お互いに仕事や趣味の情報交換をいつも行なう親しい友達。地ビール事業を展開するなど、ベンチャー的な取組みをする城崎温泉のホープ。
「環境経済」を標榜する豊岡市。農業生産者、城崎温泉・旅館経営の立場で、一人でも多くの人に豊岡の魅力を知ってもらいたいと大いにアピール。
「豊岡のチャレンジ」と題して、隣の会場で第2部の始まり。「守りたいもの」を唄う普天間かおりさん。野生復帰するコウノトリの映像に普天間さんの「守りたいもの」を流したのがご縁。今や、大の豊岡ファン。会場に駆けつけてくれて、その歌を披露していただく。
ステージ脇には、豊岡産の野菜がどっさりと並べられている。(^_^)
豊岡市の地場産業・カバンと並んで、我がハンガー(NAKATA HANGER)も展示させていただきました。「コツコツと手を抜かず(抜けず)に作る手作りハンガー」は、豊岡市民の持つ人情・気質であると、アピール。(^_^)
なんと言っても、ご来場者の人気は但馬の超・美味しい食材だ。コレには、ハンガーも鞄も勝ち目はない。(笑)
11月6日に漁が解禁になったばかりの松葉ガニ。地元では、豊岡市の津居山漁港に陸揚げされるので「津居山かに」と呼ぶ。写真は、「せこがに」(メスのズワイガニ)。地元の通は、コレが好き!
但馬牛のしゃぶしゃぶも大人気。その横には但馬牛のタタキもあるぞ!
「コウノトリ育むお米」。コウノトリが住める環境で作ったお米。栽培期間中は、化学肥料は一切使用せず、無農薬のお米。田んぼでは、カエルやドジョウ、小さな魚、水生昆虫など、1年を通して生き物が棲息する。
その他に、「出石そば」、コウノトリのお米で造ったお酒、どぶろく、など美味しいものいっぱいで会場が埋まる。
柳生博さんがよく仰る素敵な言葉がある。「確かな未来は、懐かしい風景の中にある」。是非、豊岡市へお越しください。
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October 26, 2009

どうもここのところ「食べること」「お茶を楽しむ」「山の体験」と、感動シリーズが続く。(笑)
ここは三原谷(兵庫県豊岡市竹野町)の大森地区である。写真右端に、白く見えるのが今は廃校になった校舎。ここで『三原谷の川の風まつり』と言うイベントがあると言うので出掛けた。

イベントのメイン会場となった旧・大森小学校。昭和62年(1987年)に廃校になった。グランドの端には桜の老木が。今は土がかぶさり草が生えた砂場跡。錆びた鉄が見えるスベリ台。どれもが懐かしい場所に集落の人が集まってきた。

イベント開催中だけの「三日間の学校レストラン」がオープンする。教室の壁面には、地元・三原谷の人々の大写しの素晴らしい笑顔。とこの地元の人が作った野菜や周囲の山や海や川で獲れた魚介類、果物、野草などを食材として調理したイタリアンがいただけるのだ。

木枠の窓ガラスの向こうは、徐々に紅葉する山里の風景。こんなロケーションで、どんなお料理が出て来るのかワクワクである。

地元食材を選び、自ら調理するだけでなく、地元若手レストラン・シェフにもアドバイスしながら、『三日間の学校レストラン』をプロデュースするのは、奥田政行氏。テレビ『情熱大陸』でも紹介された山形県鶴岡市在住のカリスマ・シェフ。イタリア料理店『アル・ケッチャーノ』のオーナーである。
奥田氏直々に、食材の説明や料理のポイントなどの説明を聞きながら一品、一品のお料理をいただく。新鮮な食材、深まりゆく秋の山里の風景、そして奥田氏自らのお話でいただくイタリアン。これ以上のものがあるだろうか?と言う食事の始まりだ。

では、お料理をご紹介します。
「今日の港と但馬の大きなお皿」と題した最初の一品。朝、初めて見たと言う独特の柿。(皮が黒い)カリフラワー、ブロッコリーのバーニャカウダ、シロエビとオリーブの焼きピッツァ。リコッタと柿の生ハム巻き。

ベニズワイガニのリゾット。落花生の葉っぱがのっかている。

アユの塩焼きとミョウガを使ったペペロンチーノ。大きい葉っぱはスカンポ(スイバ)。アユとスカンポとパスタの微妙な組み合わせが美味しい。

但馬のゴボウのフォンデュータ(ピューレ)と但馬牛のシャブシャブ。上に刺してあるゴボウのから揚げがぱりぱりと美味しい。田んぼの畦から採ってきたクレソンのような野草。奥田シェフは、野草に詳しい。

キャラメルのアイスムースと牛乳のジェラート。

食事の後は、2階の教室で開催されている「日本のかたち 美しいめし椀展」を見る。奥田シェフのお料理から「食べることの原点」を知り、日本の田舎の原風景を眺めながら「故郷の自然の恵み」に思いを馳せた。
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September 13, 2009

舞台中央に白いスクリーン、右に日本の国旗、そして左は? そう、フィンランドの国旗。舞台の袖には『「いつもの風景」〜日本とフィンランド、映像で綴る地域文化交流プロジェクト』とある。
舞台の人物が、今回のプロジェクトをプロデューサー奥村恵美子さん。奥村さんは、今回の日本サイドの映像を提供している映像作家・藤原次郎氏と共に、旧知の知人、友人。彼らの海外での活躍(ドイツ、ニューヨーク等のメディアフェスティバルで金賞受賞)しているのは、以前から知っているが、今回は海外の映像作家との共同製作の上映とシンポジウムである。
「フィンランド」。私はまだ行ったことのない未知の国。知っていることも作曲家シベリウス、携帯ノキア、そしてジャンプのニッカネン、あとは。。。
この白いスクリーンに映し出されるフィンランドの映像に期待が膨らむ。

フィンランドの映像作家マイヤ・レヒトネンさんを紹介する奥村氏。すぐ横がマイヤさん。その横がカレヴィさん、セッポさん、ラウラさん、ケイヨさん、そして左端が通訳のハンヌさん。カレヴィさんは、マイヤさんの夫。映像制作会社を経営し、2年前には地域のベスト・カンパニーに選出されたそうだ。Suomen Visiotalo Ltd.

会場は、永楽館(兵庫県豊岡市出石町)。先日、歌舞伎を行なった芝居小屋。日本の伝統文化だけでなく、映像、文化交流のプロジェクトに使用できるのもなかなかいいもんだ。

フィンランドのHAUHO(ハウホ村)の日常風景の映像が次から次へとスクリーンに映し出される。自然とヒトの生活、老人と子供、水と緑、その境界線がほとんど感じられない。すべてが自然に抱かれ、普通の生活がその中に溶け込んでいるようにみえる。
ハウホ村は、マイヤさんが住んでいるHameenlinna(ハメーンリンナ)と言う町にある。ハメーンリンナは、首都ヘルシンキから電車で約1時間のところにある、フィンランドの南部の町である。

こちらは日本。豊岡市竹野町の日常風景。山、山、山。そして谷を下ると、すぐに荒々しい波しぶきをあげる日本海がある。風景が性急に変化する。荒れる海、湿り気の多い緑豊かな自然。はっきりとした四季が感じられる。

映写の後、シンポジウムが行なわれる。中貝豊岡市長、庄司博史氏(国立民族博物館教授)が加わり、感想を述べあう。山がなく、森と湖の地域であるハウホ。一方、山から海へ変化に富む竹野の自然。事前の恵みと逆に、自然の脅威(災害)などの違いも話題に。

交流会も無事終わった。市長の発案で城崎温泉に行こう、となった。出石から城崎へ向かう風景。これが私にとっての「いつもの風景」だと、車を停めて思わずシャッターを押す。マイヤさんやカレヴィさんはこの風景をどう思うのだろう?しきりに、山、山、山と感動していたので、この景色に見入っているに違いない。

城崎温泉・御所の湯にみんなで浸かる。露天風呂にサウナ。そうそう、サウナの発祥はフィンランドだそうだ。彼らもサウナ(温泉?)が大好きだなんだそうだ。風呂上がりには、ビール。これは日本もフィンランドも変わりない。(笑)御所の湯の真ん前にカウンター・バーがオープンしている。
かれらの立ち飲みの姿が、やけに極まっている。
共通のこと、違うこと、それはほんのちょっとした「いつもの仕草」でも感じられる。「風景」と共に「会う」ことで、とても身近に感じられるようになったフィンランドであった。
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September 03, 2009

【昭和35年秋。豊岡市内で撮影。写真:高井信雄氏(富士光芸社)】
この写真をご存知でしょうか?
私が住む但馬・豊岡市では知らない者はいないぐらい有名な写真です。かつて、ヒトとコウノトリが共生していた時代。ヒトは但馬牛を飼い、川で牛を追う。コウノトリはそのヒトの傍らでエサの魚を啄む。
牛の世話をする女性は今も健在だそうだ。49年前だから、その時に例えば40才だとしたら89才。確かにそうだ。
「コウノトリも住む街づくり」が信条の豊岡市長がこの写真で面白いエピソードを紹介している。
この約50年前の写真を観ながら、市長がこの写真の女性と言われている方に、「これはあなたでしょ?そう聞いています。」と質問したら、「いやー、写真の後ろ姿観ても自分とは見当がつかない。でも、この牛のお尻は確かにうちの牛だった。だから、これは私かも」と。
かつて、ヒトの営みと共に牛もコウノトリも、生活の風景だった。

今日は、自社で毎年7月行なっている「健康診断」を不在のため受診していなかったので、「じばさんTAJIMA」で行なわれている共同診断に行った。
但馬の「じばさん」=地場産業を紹介するコーナーがある。但馬は、平成の合併を経て「3市2町」となった兵庫県北部の地域。
地場産業として、「かばん産業」「杞柳製品」「但馬ちりめん」「製畳」「金属ばね」「出石焼」「竹田家具」「麦わら細工」が紹介されている。
但馬の産業を、その商品とともに俯瞰するには、とても便利なコーナーである。
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August 13, 2009

ひっそりとした出石(兵庫県豊岡市)の通り。何でもない日常の風景に、ふとノボリが見える。

路地を右に曲がって、そして左へ。これが修復なった「永楽館」。数日前に、チケット購入の様子をお伝えしました。

開演を待つ客席。私の席は、舞台に向かって右側の2階席。舞台と花道の両方を等距離で観られる特等席だ。いやいや、こういう小さい昔ながらの芝居小屋では、どの席も、その席でからしか味わえない「私の芝居」がある。だから、どれも特等席なのだ。

残念(当然)ながら、芝居は撮影禁止。愛之助の、壱太郎の、男女蔵の、立ち姿をご紹介できない。最初の演目は、「菅原伝授手習鑑 車引」。花道から愛之助演じる梅王丸、壱太郎演ずる桜丸が登場。
芝居小屋は一気に熱気を帯びる。大きな劇場では味わえない瞬間である。「そう、そうなんだ!やっぱり私は芝居が好きなんだ、歌舞伎っていいなあ。」と身体の奥からこみ上げて来るものを感じた。
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August 02, 2009

ここは兵庫県豊岡市出石町。私の住んでいる豊岡市日高町から車で約20分。但馬の小京都と呼ばれる城下町。室町時代(16世紀後半)に、守護・山名祐豊が城を出石に移し、現在の出石の街並みの礎は、江戸時代初期に整えられたと言う。
永楽館は、1901年(明治34年)に常設劇場としてスタート。歌舞伎芝居、寄席、活動写真が上演され、昭和に入り、映画館として活用される。戦後、テレビの普及とともに経営不振に陥り、昭和39年に閉館。その後、一部、パチンコ店になったが、短期間で閉鎖されていた。
そして、昨年(2008年)、豊岡市により復元工事が完了し、復活した。
復活までの工事の様子をこのブログでもご紹介しました。
永楽館復元工事
(その1) 芝居小屋が復活する
(その2) かつては娯楽の殿堂であった
(その3) 芝居好きには堪らない
(その4) 小屋組補強と伝統木構造

復元された新生・永楽館の杮落としは昨年の8月であったが、私はあいにくクロアチア、ドイツに出張中だったので、その歌舞伎を観ることは出来なかった。今年こそは行くぞ!と永楽館に立ち寄ってみた。
チケット購入するのに、実際に永楽館の中に入って、空いている席から選ぶ。こんなチケットの買い方って初めて!でも、なんかここから「街に芝居がやって来る」強烈な実感がする。
館内は、客席の照明の調整が行なわれていた。向こうの壁に掛かっているのは、閉館時のままの広告看板。昭和30年代のもの。

届きたての芝居の荷物。館内に入る手前の板間に置いてある。一瞬、学生時代のアルバイトを思い出す。私は、大学時代の夏休みに、東京・新橋演舞場の裏方・大道具のアルバイトを約1ヶ月したことがある。坂東玉三郎さんの歌舞伎と、そのあとの公演は松竹新喜劇・藤山寛美さんでした。懐かしい!!
永楽館大歌舞伎
8月4日(火)〜11日(火)
一、菅原伝授手習鑑
二、藤 娘
三、弁天娘女男白浪
片岡愛之助
中村壱太郎
坂東薪車
市川男女蔵
中村翫雀
【問合せ】 0796−23−1160
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July 20, 2009
今日の移動は但馬空港を利用した。自宅から車で10分足らず、確かに至近距離にある空港なのだが、これまであまり利用することが少ない。したがって、このブログで紹介することもこれまではなかったので、ご報告します。
但馬空港(通称、コウノトリ但馬空港)は、朝晩、大阪空港(伊丹)との往復便が飛ぶ。乗ると35分で大阪へ到着。飛行機は速い!約40分待ち合わせで、東京便へ。
但馬空港は、豊岡市に位置する。城崎温泉、神鍋高原スキー場、城下町出石へもアクセスは良好。但馬・丹後半島の観光(兵庫県北部、京都府北部)には便利です。

朝の便は、但馬空港(10:10発)→大阪空港(10:45着)=(11:30発)→羽田空港(12:35着)。自宅を出発して(9:30として)、東京都心へ到着は13:30ごろ。約4時間~4時間半掛かる。
自宅がJR江原駅の近くにあるので、JR山陰線(京都へ)と新幹線の乗り継ぎで東京駅へ到着する時間とほぼ 同じ時間が掛かる。
「東京(羽田)直行便」が実現すると、ビジネス、観光の人の動きが大きく変わるのは間違いない。
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April 16, 2009

ここは兵庫県豊岡市。豊岡市・日高町・出石町・但東町・城崎町・竹野町の1市5町が合併して、2005年4月に現在の豊岡市が誕生した。「平成の大合併」の一つとして4年が経ち、新・豊岡市として2回目の市長選挙を迎える時期になった。
初代市長となったN市長。「コウノトリの野生化」を通じて「コウノトリも住む豊岡市」、つまり、豊かな自然環境と市民生活の豊かさは一体であることを訴え、実行してきた。それは、素晴らしい成果があがりつつある。

「励ます会」と言うのに参加してみた。この種の集会(大会?)に出るのは初めてである。
2期目を目指すN氏の公約は、「固有の文化・歴史・自然を守り独自の道を歩む」「環境重視の小さな世界都市を目指す」「命の共感を通じて子供の未来を考える」。
N氏の「高い志」は、市民の一致する評価である。分かりやすいメッセージとしての情報発信力は、他の市長候補者(があったとしても)の追随を許さない。
今のところ、対抗馬の立候補はなさそうだが、「小さな世界都市構想」をより具体的に訴え、新・豊岡市の文化、歴史、経済をアピールしてもらいたい。市民として、同級生として「協働」していきたいと思っている。
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November 22, 2008

兵庫県豊岡市は「カバンの町」である。カバンの生産では全国一である。日本の鞄販売会社からオーダーが来て、実際に製作しているのは、ここ豊岡市の鞄メーカーである。卸問屋、メーカー、材料卸などの業者がお互いに関連を持って、豊岡の鞄が全国に出荷される。しかし、市民も訪問者も、なかなか製作するところを目にする機会は少ない。そんな現状の中で、「アトリエNUU」(ヌー)が誕生したのは、とても興味深い。

いくつかのモデルバッグを基本にして、リュック、ビジネスバッグ、ポーチ、トートバッグなどのオーダーができる。素材、カラー、金具、ファスナーなども、自分の好みで選べるから本格的だ。

カバンのオーダーは、スタッフの人が親切に説明をしてくれる。ちょっと持っていたい日常のバッグも、自分の好みのモノを持つことが、こんなに気軽にできるなんてすごい!。鞄産地の豊岡市ならではですね。

店内にはミシンが設置され、職人の方が実際に目の前でマイ・バッグを製作してくれる。ワクワクである。
この「アトリエNUU」(「縫う」と「New」をかけた造語)を経営するのは、豊岡鞄メーカー大手のY社。社長のYさんとは、仕事の情報交換や遊びも含めてとても親しくしていただいている。彼は「豊岡を元気にしたい」「豊岡カバンをもっと全国に知ってもらいたい」と訴え、行動している。豊岡カバンのホープである。
関連店舗として、近くに「ARTPHERE」(アートフィア)がある。こちらは画材の収納を目的としたバッグのブランドであるが、通常のバッグとしてもとてもオシャレでしっかりとした造りの高級バッグ・シリーズとも言える。こちらも覗いてみてください。お薦めです。
アトリエ NUU
tel : 0796-22-7732
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October 18, 2008

今月は、東京の青山ショールームで「漆塗りハンガー展」(Hanger meets Japan)をやっているので、毎週、東京と行ったり来たり。山陰線と新幹線で移動するのですが、たいては本を読むか、溜った雑誌や資料に目を通しているので、車窓の風景はほとんど見ることがなかった。
来週の但馬学10月例会の打合せで竹野町(兵庫県豊岡市)を訪ねる。この風景に出会うだけで、昨日までの疲れが吹っ飛ぶ。秋晴れの気持ちのいい1日だった。

コチコチになった身体と頭を切り替えてくれるに充分な快晴と山里の佇まいであった。

まだ、午後4時前。
日暮れも随分と早くなったんだ。
右から、大岡山、蘇武岳、妙見山、標高1000m前後の連山に夕陽が沈む。
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October 07, 2008

これは「おおやホール」(兵庫県養父市)。今、このホールで「木彫フォークアート・おおや」と銘打って、全国から寄せられた木彫の公募展が開催されている。今年で15年目を迎えるが、回を重ねるごとに全国の木彫りファンから木彫作品が出品される。
ちなみに、このホールは今は亡き建築家・毛綱毅曠(もづなきこう)さんの設計である。1994年完成。その建築中に、一度だけ毛綱さんと食事をご一緒させていただいたことがある。今となってはとても懐かしい思い出である。ベーゼンドルファー(ピアノ)もあり、コンサートも開催される。ジャズピアニストの加古隆さんのソロ・コンサートをこの会場で聴いたのも懐かしい思い出だ。

もともとこの大屋町には、木彫りのアーティストである人達がいた。昔、明延鉱山で賑わった山深い町、大屋町。森林に囲まれた町にとって、まさに木彫りの作品は「命の姿」。素晴らしいサブタイトルだと思う。

グランプリを受賞した作品。「Anti Aging」(アンチ・エイジング)。その作風といい、タイトルといい、ユーモラスでどこかほのぼのとするものを感じる。

養父市ふるさと賞を受賞した作品。「犬の長い首」。木彫と言っても、その作風はさまざま。それぞれの木の特性を活かした作品を観るのはとても楽しい。「木の命」を引き出している。

こんな面白い(特に私にとっては)作品を発見しました。木彫の洋服。タイトルは「おやじのぬけがら」。シャツのシワをリアルに掘り込んである。よーく見ると、木製ハンガーは別物。ハンガー屋の私としては、どれどれと覗き込む。なんとわが社のハンガーに掛けてありました。「木のシャツにもフィットする木製ハンガーでした。」(笑)
開催日 : 〜10月13日
会場 : おおやホール(兵庫県養父市大屋町山路7番地)
TEL : 079-669-0120
ぜひ、行ってみてください!
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September 14, 2008

円山川(兵庫県豊岡市日高町岩中付近)の風景である。澄んだ水が滔々流れる。しかし、2004年10月の台風23号襲来により、この一帯は増水により大被害がでた。激甚特別災害地区に指定され、国土交通省による護岸工事が行なわれている。

この地点で合流する稲葉川沿いの工事は既に始まり、堤防が延長されつつある。いよいよ、今度は本命の円山川の護岸である。今回は右岸の調査である。私が小学生の頃は、向こう岸に渡る木の橋があったが、今はない。国交省のスタッフの先導でゴムボートで向こう岸に渡る。

渡るとスギ、ヒノキの山林である。私の小さいころは「向い野」(むかいの)と呼んでいた。近隣の住民が、里山を管理し、桑畑や野菜をつくっている畑地であった。堤防建設予定地と隣接している土地の所有者が立ち会って、区画を確認する作業である。

えっ?!これが我が家所有の山林?見るも無惨である。私の祖父の時代までは山の手入れはされていたのだが。私自身、所有者とは言え、この木立を見るのは初めてである。(^_^;;

土地の所有者は、20人以上方が確認作業に見えた。欠席の人も入れると50人以上の所有者があると言う。かつて、所有者の家族はそれぞれ、橋を渡り、畑で作物を育て、林を管理していた。私の祖父も林は山を管理している人に手入れを依頼し、自分は、スイカ、ジャガイモ、ナスやトマトやキュウリなどの日常の野菜を栽培していた。私も、時々橋を渡り、おじいちゃんの手伝いをしたのを思い出す。

「山すそ」と「畑地」の境を確認し、杭を打つ。20年近く放置された山林は、すでに個々人の境目が分からなくなっている。それを把握する作業としてまずは、「山」と「畑」の境界を明確にしようと言うのだ。

この水たまりは、ずっと昔からあったそうだ。私もよく大水がでたあとに「むかいの」に遊びに行った。水が引いた後にあちこちに大きな水たまりができて、鯉やフナが手づかみできたのだ。バケツ一杯に捕まえたのを覚えている。川と土。そして泥んこは日常であった。

往路は「山すそ」だったが、帰路は「河原」づたい。河原に出るまでは、背丈以上の葦の原。昔はこのあたりは、すべて畑であった。

左が円山川。右が稲葉川。合流地点である。今回の治水計画では、この合流地点は約500m下流に持ってくる計画である。私が慣れ親しんだ、川の風景は大きく変わる。
自然も人の生活も10年、20年単位で考えれば大きく変化して行く。
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July 26, 2008

ビバホールと言う小さな音楽ホールがある。ここは兵庫県養父市。4年前に養父町、八鹿町、関宮町、大屋町が合併してできた、人口2万7千人余の市である。ここで2年に1回、チェロコンクールが開催されている。今年が第8回だから、スタートしてから16年経つことになる。

ビバホールのチェロコンクールが回を遇うごとに盛大になって来ているのは、素晴らしいことだと思う。その原動力は、何と言っても養父市のボランティアの人達。会場の準備、運営、参加者の送迎、そして、ホームステイを受け入れる養父市民の人達。これぞ「手作り」の音楽祭だ。コンクールの参加者は、ドイツや韓国、オーストリア、など海外からも毎回何人かある。チェロだけの単独のコンクールは、日本ではこの養父市のビバホールだけと聞く。音楽ファンの私としては、ぜひ長く続けて欲しいと思う。

私の自宅は養父市ではないが、第4回のドイツからのチェリストのホームステイを引き受けてから、毎回ホームステイをお引き受けしている。今回もドイツからのJ君。惜しくも2位となったが、会場で彼の演奏を聴いてとても感動した。素晴らしい演奏であった。まだまだ若いJ君。きっと、世界的に活躍する素晴らしいチェリストとなるだろうと予感している。(写真は会場前に貼られていた、予選演奏中のJ君である)
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June 15, 2008

ほとんど全ての田んぼは田植えを終えている。ここは、兵庫県豊岡市百合地(ゆるじ)の田んぼから眺めた風景。水を張った田んぼを吹き抜ける風が気持ちよい。
そしてここは昨年に引き続き、野生復帰させたコウノトリが産卵し、ヒナを育てた場所でもある。

今年は、5個の卵を産み、3羽のヒナが孵り、2羽のヒナが無事に巣立った。コウノトリの郷公園のスラッフの皆さんは、毎日観察を怠らないが、多くのアマチュア・カメラマンの人達がこうして、望遠レンズでコウノトリ一家を覗いている。
ちょうどこのレンズの向こうには、2羽のコウノトリが餌をついばんでいる。今年巣立ったひな鳥だそうだ。

反対側を向くと、親鳥が道路沿いの電線を越しながら低空飛行している。

降り立ったのは、道路のすぐ脇の田んぼ。さっそく、水田にいる動物を探して食事なのだろう。

こちらは、降り立った親鳥のところから100メートルぐらい離れた隣の田んぼ。もう片方の親鳥。(どちらがオスかメスか分からない)。
わずかの時間で、百合地のコウノトリ一家全員と会ったことになる。こんなに身近にコウノトリを観察できるところがなんとも感動的。これがこの辺りの「普通」の田んぼの風景になったらどんなに素晴らしいことだろう。注目して行こう。
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May 05, 2008

こうなったら毎日のように緑の話題だ。(^_^)

神鍋山(標高469m)(兵庫県豊岡市日高町)の頂上をスキー場側と反対側から眺める。私の親しい友人がペンションもやっている場所から。ここから眺める風景は、私の好きなスポットの一つ。山の頂上には周囲約2kmの噴火口がある。約2万年前に噴火した火口だ。

「自然」と言っても、日本の山のどこかには、必ず「人の手」が入っている。太古の時代は、食料を求め、住居を作り、生活のすべてがあった。そして戦後、スギ・ヒノキの植林が全国で進む。新緑の緑色を観ていると、そんな自然とヒトの関係も見えてきて面白い。

神鍋高原から眺めた大岡山(標高666m)。自宅から車で20分も走るとこのような風景が楽しめる。冬には、右端の道路は雪ノ下。手前の草原はスキー場となる。
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April 09, 2008

ずっと以前から、気になる土蔵がある。車で通る度にいつも眺める。信号が赤の時は、じっと見つめてしまい。後ろの車からクラクションで知らされたりもするぐらい。
土蔵の前には桜の木が満開。(書くなら今かな)(^_^)

気になる点がいくつかある。
いつ頃建てたものだろう?
まるで地面から生えたような土壁。礎石とかなにか地面と切り離す必要はないのだろうか?(ひょっとしたら、周囲の地面が盛り土などで、建った後に上がった?)
最後に赤褐色の色。実はこれが一番気になっていたこと。どこか無視できない、人の目をひく微妙な土の色。右下の方をよく見ると少しピンク色している。この土蔵のある場所から少し山に入った集落の家々の土壁はピンク。とても美しい集落がある。(最近、どんどんなくなっていくのが寂しい)。
では、赤褐色は同説明つくのだろう?以前、わが家の自宅の土壁をやっていただいた左官の久住章さんから聞いたことを思い出す。「火事に遭遇した土壁は赤くなる。」と言う。
土の成分にも依るだろうが、かつて、久住さんと城下町・出石(いずし)を歩いている時に聞いた。実際に、久住さんは家の構えや土壁を見るだけで、その家の生い立ち、家族、過去の出来事(家事や災害)まで言い当ててしまう。
そんな経験をして以来、この土壁が気になっていた。
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March 31, 2008
2004年10月20日に襲来した台風23号は、兵庫県但馬地方に大きな被害をもたらした。特に、豊岡市を中心に大洪水が発生した。豊岡市街地の80%が浸水した。
ここは、豊岡市日高町岩中。当時、氾濫した稲葉川の堤防工事が急ピッチで進む。土地の収用が比較的スムーズに進み、他の工事と比較しても順調のようだ。昨年の9月と比較してみてください。

これが現在の稲葉川(岩中発電所下流)。まず、川幅が広くなった。川底を掘り下げた分、川の容積が大きくなった。

堤防の敷設。水に浸かっている個所も工事初期段階では、水を排除し、さらに下までブロック積みがなされている。
川の向こう側は、国道312号線のバイパスのコンクリート壁面。稲葉川は手前から向こう向きに流れ、左に大きく旋回する。
豊岡市を車で走ると判るが、円山川、出石川、稲葉川などの激甚災害地域を中心に、堤防の改修工事がいたるところで急ピッチである。
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March 22, 2008

今年もこのシーズンがやって来た。コウノトリの孵化が確認された。
今朝の新聞には、「卵の殻が巣塔から落ちていた」「ひょっとしたら、昨年に引き続き誕生か?」と書かれていた。ちょうど、コウノトリが産卵した豊岡市百合地(ゆるじ)にある巣の前を通りがかったので、立ち寄ってみた。
卵が孵化し誕生したヒナを撮影しようと、コウノトリの巣塔から100mぐらいの距離にクレーン車がある。アームを伸ばし、先端のカーゴにはカメラマンがいる。

たくさんのテレビ・新聞の報道機関が詰めかけている。ここからの映像が、今晩のテレビ・ニュース番組で、明日の新聞紙上に、コウノトリのヒナの映像が届けられる。
ちょうどその時、県立コウノトリの郷公園の大迫義人・主任研究員が車でやって来た。てっきり、クレーンの上にいるのかと思っていたが、大迫さんは、責任者として朝一番に孵化を確認されている。大迫さんから「卵5個とも孵化しているが、2羽は孵化後死に、1羽は動きが鈍く、2羽は元気にしている」と聞いた。
普段から大迫さんとは親しいお付き合いをしているが、いつになく表情が明るい。それもそうだろう。昨年に引き続いてのヒナ誕生。4年前のコウノトリの自然界への放鳥以来、順調に来ていると言っていいだろう。
野生のコウノトリ「ハチゴロウ」の死や放鳥のコウノトリの死などもあったが、現在18羽のコウノトリが豊岡の空を飛び回っている。「もうどのコウノトリがどこにいるのか、頭で把握しきれないよー」と、嬉しそうな大迫さんの顔を印象的であった。(^_^)
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March 09, 2008

昨年もこの巣からコウノトリの卵が孵化し、1羽のヒナが巣立った。自然界での巣立ちは実に46年ぶり。そして今、5個の卵が確認されている。巣の上に親鳥の頭らしきものがヒョコッと見える。
残雪の山々を背景に、コウノトリは産卵した。昨年よりも早い。

カメラ・アングルをグッと引くとこうなる。

産卵が確認されている巣から500m程いったところにある田んぼにコウノトリを見つけた。冬でも水を張っている堪水田。コウノトリの野生化に向けて近隣の農家の方達が取り組んでいる。小魚や水中生物が生息できるので、コウノトリの餌が豊富になるのだ。

堪水田を喜ぶのは、コウノトリばかりではない。この取り組みを始めてからコハクチョウが飛来するようになった。コハクチョウばかりではなく、いろんな野鳥も増えていると言う。確実に、生き物達が喜ぶ環境になりつつある。

春を待って活発になるのは鳥たちだけではない。私もワクワクである。水温む春がやってきた。雪解け水で満々と流れる円山川。もう何度もカヤックで下った円山川。「今年も下るからね。」と声をかけた。
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February 26, 2008
靴を食べたわけではありません。(笑)
「お~い!gakuさんが来るよーっ!」って声を掛けたら、30人を超す友達やgakuさんファンがすぐに集まってくる。
しかも、みんな飛び切りの食材と美味しい手料理を引っさげて。
やはり、この方から登場してもらいましょう。 「松葉ガニ」!日本海に面した豊岡市竹野町の友人Kさんからの差し入れ。
冬の山陰地方、但馬と言えばこれ。2月は水温もぐっと下がって身が引き締まって美味しさが増すと言う。左端のカニは、脱皮する直前のもので、カニ味噌がいっぱい詰まった絶品のカニである。
甲羅にある黒い点は「カニビル」と言うのだそうだ。カニの甲羅に産卵したヒルの卵。脱皮後時間が経っている証拠。身が引き締まって美味しいとされている。
めちゃくちゃ美味かったです!Kさん、ありがとう!!
「イサキ」。友人Tさん差し入れ。全身40cm超の大物。なかなかこんなイサキはいない。こだわりの塩まで持ち込み、Tさん自ら炭火で炙り焼き。こちらも身が引き締まってグッドでした。
こちらも超・スペシャルなのだ。但馬と言えば「但馬牛」だが、これは通常では手に入らない部位。どこだと思いますか?但馬牛の横隔膜なんです。当日の朝、但馬牛の本場中の本場、兵庫県新温泉町から届いた。「但馬変人倶楽部」のYさんとFさんの差し入れなのである。
話はそれますが、「但馬変人倶楽部」なる会があるそうだが、その実体は秘密のベールにに包まれている。従って、私はその何たるかを説明できないが、今回の持ち寄りパーティには、その「変人ぶり」が多いに発揮された。(笑)
ちなみに、包丁を握っているのも、コウノトリ市民研究所のIさん。自然系の最強メンバーが勢ぞろいである。

こちらも「但馬変人倶楽部」のYeさんの手料理。イイダコと里芋の煮付け。これがもう最高!なのだ。生姜がまた利いている。イイダコのメスにはタマゴがビッチリと詰まっている。まるで、ご飯粒を詰めたよう。
今後やるであろう持ち寄りパーティには、必ずYeさんに声を掛けよう。(笑)
こちらは、友人Tさんの「サバのヘシコ、大根ばさみ」。カラスミと大根の組み合わせにヒントを得て、Tさんがヘシコと大根を我が家に持ち込んで台所で料理をしてくれた一品。素晴らしいハーモニーでした。
まだまだあるよ!こちらはアワビ。獲れたての生きたアワビをいきなり炭火へ。アワビの横には岩津ネギ。兵庫県朝来市特産のネギである。地元在住のMさんが収穫したての土のついた岩津ネギを、リュックサックいっぱいに持ってきてくれた。甘味のあるネギが、お肉、魚のお口直しにピッタリなのだ。
当然ながら、美味しいお料理には美味しいお酒が必須。左の一升瓶が「王禄」。超辛口の日本酒。これはわが家からの差し入れ。調達先は、こだわりの酒店「深澤酒店」(長野県)。
右側が、芋焼酎「豪放磊落」。こちらは、年末の鹿児島行き以来、はまっている「黒茶家」で飲むための、私からのリクエスト。友人TAJIさんが持ってきてくれた。同じく同級生の酒屋の亭主のお奨めだそうだ。まず、名前が気に入った。
まだまだ、おでん、鯖寿司、マリネ、こだわりの豚肉(シャブシャブが美味しかった!)。なんかこれ以上書くのが恥ずかしくなるぐらい、盛りだくさん。
特別なものがたくさん寄ると、返ってナンでもない普通のものがよくなるのでは、、、、との懸念もあったが、ぜーんぜん、違いました。美味しかった!!
美味しい食材が手に入る但馬に感謝。
時には大胆に、時には繊細に調理する料理の達人たちに感謝。
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February 21, 2008

ここは「兵庫県旅券事務所但馬空港窓口」。パスポートの切り替えのために来た。空港でパスポートだから、ここからすぐに国際便へ、なんてなったら便利だけど、そんなことは全くない。(^_^;
但馬空港ができる前は、わざわざ神戸まで2時間以上掛けて行かなければならない時代もあった。今は、自宅から10分程度で来れるからありがたい。

但馬空港のターミナルビル。別名「コウノトリ但馬空港」。豊岡市のシンボルであるコウノトリにちなんだニックネームだが、昨年の野生のヒナ誕生の弾みで、利用者が増えることを願う。現在は、朝夕往復1便だけが、大阪空港(伊丹)との間で就航している。飛び立つと25分で伊丹なのでとても便利。ただ、車で2時間でも行ける距離なので目的によっては利用価値が様々。東京便となれば利用価値がグンとあがるのだが。

但馬空港は標高180m程度の山頂に平らな滑走路がある。豊岡市は円山川沿いに発生する濃い霧でも有名。霧のかからない高さに、との意図がある。
先週土日に降った雪が周囲の連峰を覆うが、陽は春近しである。
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February 18, 2008

ここは神鍋高原スキー場(兵庫県豊岡市日高町)。現在は「アップかんなべ」と言う名前のゲレンデとなっている。神鍋スキー場は、発祥の歴史、規模、周囲の設備・施設面でも西日本を代表するスキー場。冬季国体も行なわれたことがある。
私も小学生の頃は、このゲレンデ(当時は、岩倉ゲレンデと呼んだ)でスキーを覚え、毎日曜日にバスで通ったものだ。技術が向上するに連れて上級者コースへとゲレンデを変えていく。

除雪車により除雪された道路。両側に雪の壁ができる。近年の暖冬続きで、こんな光景を見るのも久しぶり。「神鍋高原はこれでないとねー」と乗り合わせの人との会話。

私の自宅からわずか10分もかからないところでこの雪である。一昨日の書き込みで、「雪が降っても解けるのも」と、春近しの感想を述べたところだが、ここではそうはいかない。わずかの標高差と地形の違いで、こんなにも風景が変わる。
これも田舎暮らしの醍醐味だ!と言いたいが、心の中では、春の到来が待ち遠しい。
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February 05, 2008
「千年の伝統を持つ鞄の産地、豊岡」と言う紹介で始まる「豊岡鞄」。兵庫県北部の豊岡市はかつては、市民の半分以上が、何らかの形でカバン産業に携わるまさに「カバンの町」であった。
奈良時代に始まり、江戸時代初期に京極藩の奨励により杞柳産業が発展した。大正末期から昭和初期に柳行李として全国に販売し発展。戦後、ビニール、ナイロン、合成皮革などの多様な素材を使用しながら、日本最大の鞄の生産拠点となった。
昭和52年の円高による(当時は輸出比率が高い)生産高の激減、その後は、逆にコスト競争激化のために輸入(台湾、韓国、中国)に転じ、地場産業としての基盤は、大きく揺らぎながら今日に至っている。
豊岡には、卸・工業(メーカー)・材料の3つの組合がある。以前は、お互いの専門分野を活かした協業があったが、円高、競争激化、海外調達、などの大きな変化があり、現在は個々の企業がそれぞれの経営戦略を描きながら生産をしている。グローバル競争時代の当然な流れだと思う。
そんな中で、伝統と先端の技術、品質基準、メンテナンス、などの審査基準を満たしたものが「豊岡鞄」として認められる。
工業組合が中心になって進めるブランド化なので、技術、品質、修理にこだわりがあるのでしょう。ユーザーとしてありがたい。
ただ、どんなモノづくりでもそうだが、「作れる=売れる」とは限らない。今後、デザイン、機能、材料のこだわりなどの企画・デザイン・新素材などの分野で充実を図ると、さらに伸びるのではないか。 鞄好きの私としては、大いに楽しみにしている。
卸と工業と材料の三位一体の伝統が新しい枠組みとして活かせる時、「豊岡鞄」が真の地域ブランドとして、大躍進するのではないかと鞄好き市民として期待している。
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November 03, 2007

日本海の水平線が視えますか? 大岡山(兵庫県豊岡市日高町)の山頂から眺めた山々。今日は、大岡山ゴルフ場の理事・役員コンペに参加。イチオウ、私も理事なのだ。(何もお役に立てていませんが)(^_^;;。毎年、11月3日に行なわれ、そして、近年は毎年この日は快晴なのだ。
日本海は画像左よりの高い山のすぐ右側に視える。そのまま、右方向へ、ずっと水平線が続く。山の稜線よりも上に水平線が視えるのは、なかなかの醍醐味である。右端にあるのが、豊岡市の市街地。

デジカメをもう少し、右(南方向)へ向けてみよう。
これが、旧豊岡市街地である。3年前に1市5町が合併して、現在の豊岡市になったので、もともとの豊岡市を地元では旧・豊岡市と呼んでいる。市街地の向こうに見える右側の谷に「コウノトリの郷公園」がある。ここで100羽余のコウノトリが飼育され、そのうちの10数羽が自然に放たれた。
画面右側にある田園地帯が「六方田んぼ」。今年5月に自然界でコウノトリのヒナが誕生して話題になったのが、この辺りです。
田舎にはダイナミックな風景がある。
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October 28, 2007

今日は快晴! 早朝、神鍋高原(兵庫県豊岡市)をドライブしていると、こんな光景が。
ちょっと見えにくいと思うが、電柱とポールのちょうど中間に月が観えた。

雲海が美しい。いよいよこれから秋も深まって行く。自宅から車で20分でこんな光景が楽しめる。こんな光景に出くわすと、四季を感じながら生活ができることに感謝したくなる。
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October 07, 2007

9月の平均気温も例年よりも2℃近くも高かったそうだ。本当に今年は暑い。10月に入り、朝晩は涼しくなったが、日中はまだまだ暑い。30℃近い気温になる。
でも、山には秋があちこちにある。ここは大岡山(標高:630m)の8合目当たり。山里では稲刈りが終わり、稲木の米も降ろす作業があちこちで始まっている。西に日が傾くと、山の懐の村は夕暮れが早くやってくる。

大岡山から南を望む。兵庫県但馬地方の山々の稜線が重なりが見える。秋の深まりと共に空気澄み渡ると、もっともっと遠い山の頂も見える。
ススキの向こうには、秋がすぐそこまでやってきている。
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September 28, 2007
私のブログでは、もう何度かご紹介している「稲葉川改修工事」が急ピッチに進んでいる。2004年10月の台風23号で被災した地区の築堤工事である。
わが社もこの改修工事に関連して、工場の移転工事を開始する時期がいよいよ近づいてい来た。昨日は、わが社のスタッフと工事の主体者(兵庫県)と、お互いの工事関係者が寄って、工事期間中の道路の使用について、お互いに協力していく確認ミーティングを開催した。
工事は双方にとって、重要かつ迅速に行なわなければならないので、ミーティングも真剣に行なわれた。関係者はみなさんプロとして、とてもテキパキと確認が行なわれ、譲り合うところは譲り合って、協力的で、とても気持ちの良い会議であった。この調子で協力しながら、お互いの工事の完成に向けて頑張っていけば、きっと良い仕事と結果に結びつくだろうと確信できた。
堤防工事を間近で見るのは、私は初めてである。画像右が稲葉川。水面よりもかなり深い箇所からコンクリート・ブロックを積み上げるんですね。
地域安全確保の工事は急ピッチだ。
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September 08, 2007

ここは兵庫県豊岡市日高町岩中。4日前のブログでもご紹介した、稲葉川の堤防工事が始まった。9月4日には、起工式で紅白幕とテントが張ってあったまさにその場所から、いよいよ河川改修工事が始まった。

工事名は、「円山川水系 稲葉川 河川改修工事 (その一)」である。2004年10月の被害発生より5年以内に、稲葉川の無堤防区域に堤防を建設する工事である。

右側の稲葉川は画像上に流れ、突き当たりから左に向けてカーブし、JR山陰線の鉄橋をくぐり、円山川に合流している。畑地の一部が兵庫県に収用され、堤防が築かれる。工事がスムーズに行くように見守って行きたい。
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September 04, 2007
これは兵庫県北部を流れる一級河川「円山川」支流の「稲葉川」 (いなんばがわ)である。(兵庫県豊岡市日高町岩中)。画像はちょうどわが社のハンガー工場の裏手を流れる稲葉川。向こうは、かつて宵田城があった城山。手前の堤防の右側に工場がある。
2004年10月の台風23号の直撃で、この堤防を遥かに超える増水により、工場ならびに岩中地区の民家に大きな被害がでた。
カメラをもう少し左に向けると、稲葉川に橋がかかっている。向こう側に関西電力岩中発電所がある。台風23号の時は、この橋は倒壊し、現在は鉄板で仮設の橋が掛けられている。
増水時において、川の流れを悪くしているとも言えるので、川幅をしっかりと確保する長さにして、架け替えられる予定だ。
災害から2年10ヶ月。兵庫県による堤防予定地の収用が進み、堤防工事が開始される。今日はその起工式。わが社の工場のすぐ裏手の畑地にテントを張り、工事の安全を祈って神事が執り行われた。
まさに、このテントの場所から、稲葉川の堤防工事が始まる。わが社も大きな被害を受けた立場として、また、近隣地区の安全確保のために、全面的に工事に協力をしていかなければならない。
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August 27, 2007
コウノトリの郷公園。一昨年の9月より野生化を目指して、すでに14羽のコウノトリが自然に放鳥されている。しかし、この「コウノトリの郷公園」を中心に周囲数キロ以内に滞在していることが多い。人口巣塔に、放鳥された1羽が見える。
コウノトリの郷公園のケージには、将来の放鳥予備軍のコウノトリが10羽飼育されている。「風きり羽」が切られているので空を飛べない。
午後3時頃に、1日1回の餌の時間がやってくる。係員の方が軽トラックで餌を積んでやってくる。ケージに入る前に、ケージ内のコウノトリの数を数える。それには訳がある。
餌は、この日の餌は「冷凍のアジ」と「生きたニジマス」だった。コウノトリは、完全肉食。植物は食べない。ただ、よほどお肉好きなのか、生でも冷凍ものでも頓着無いようである。たくましい!
それぞれバケツ1杯ずつを持って係員の方がケージに入る。
人口巣塔にいたコウノトリがケージめがけて舞い降りてくる。そう!この餌の時間を待っていたのだ。野生復帰と言っても、もともとケージで飼育しながら自然に放ったので、まだまだ、餌をネダッテやってくる。
このケージには10羽の放鳥予備軍コウノトリがいる。しかし、よーく数えると19羽いるではないか!つまり、これまでに放鳥した14羽のコウノトリのうちなんと9羽が、この餌の時間に「帰宅」しているのだ!
係員の方が数えていたのは、こういう現実があったんですね。10羽分の餌を取り合うのか?それとも余分があるのだろうか?
この時間にはサギは来るわ、トンビは来るわ、カラスは来るわ、で賑やかな「食堂」と化す。ケージの中と言えでも、生きていくための競争が厳しい。自然界に出るともっと厳しい環境が待っているのだから、これで良いのかも。
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August 15, 2007

今年のお盆は猛暑。連日猛暑。私のブログも猛暑、猛暑である。朝の涼しいうちに買い物をと豊岡市街地へ。その帰りにちょっと気になったので、六方田んぼに車を向け、コウノトリを探した。
いた! いた! 7月31日にヒナが巣立ちした百合地(ゆるじ)の人工巣塔からほど近い田んぼの真ん中で発見。(画像をクリックして拡大してみてください。中央に、稲から首がすっと飛び出した姿が観られます)

観察していると突然飛び上がり、田んぼの稲をかすめるように約500m先に舞い降りた。再び車に乗って着地点に向かう。そこはコウノトリ放鳥のために準備されたビオトープ。放鳥されたコウノトリを近くで観察するのは初めてだ。

追いかけて来たコウノトリのすぐ横をみるともう一羽のコウノトリ。そう、これが先日孵化し、巣立った生後約3ヶ月のコウノトリのヒナである。(近くで観察していた某新聞記者の説明に教えていただく)。
大きさは親鳥とほとんど同じ、成長が早いのだ。もともと日本でのコウノトリは、山里に近い田園地域で生息していた。人との距離は近いのだ。

コウノトリのヒナのファミリーは、このビオトープ周辺に、ひとまず生活の基盤を築こうとしているのか? このコウノトリ・ファミリーを通して、豊岡の四季を観察してみるのも面白そうだ。
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August 02, 2007

これは特別養護老人ホーム「楽々むら」である。兵庫県豊岡市城崎町にある。2006年12月にオープンしたばかりの施設である。経営責任者、スタッフのリーダーの方は、親しい知人でもあるので、さっそく訪問し、見学させていただいた。

「楽々むら」の由来はこの一見、湾のような水辺の名前によるものだろう。この湾の名前は「楽々浦」(「ささうら」と読む)。円山川の河口近くにある。真水と海水が入り混じる汽水域である。
おそらく鰡(ボラ)であろう、沼のあちこちでジャンプしているのが見える。冬は渡り鳥がいっぱいやって来る湾となるそうだ。
「楽々むら」は、そのような美しい水辺と山に囲まれた自然の中に建っている。

施設責任者のKさんの丁寧な説明を聴きながら、館内を案内していただく。どの部屋も廊下もアットホームな雰囲気が漂い、ゆったりとした空間が気持ち良い。

個室とグループで過ごす部屋とが完備され、プライバシーの確保と家族や友人とのふれあいとの両立が図られている。

特別養護老人ホーム(80名)、ショートステイ(20名)、デイサービスセンター(15名)、居宅介護支援センター、の4つの事業、機能を果たしている。
詳しくは、
『特別養護老人ホーム「楽々むら」』
をご覧ください。

「楽々むら」から眺めた「城崎温泉街」。画像では見えませんが、円山川が画像左から右へ流れ、すぐに日本海へと注ぐ。向こうの山の麓の狭い谷間に「城崎温泉街」があるのだ。普段見慣れないだけに、新鮮な風景に感動した。但馬には、まだまだいいところがいっぱいある。
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July 31, 2007

近代化遺産とは
江戸時代末期から第2次世界大戦終結時(昭和20年)までに、近代化手法によってつくられた建築物や近代化技術を用いてつくられた構築物、工作物をいう。また、産業・交通・土木・教育文化等に関わるもの、これらの施設に関わりのあった施設、機械、備品や機関車、車両等も含むとなっている。

このガイドブックの内容について重要な役割を果たした一人は、以前但馬学の例会でもお世話になったN氏。但馬学の会員でもある。兵庫県のヘリテージ・マネージャーの資格をとる勉強もしながらコツコツと現地を訪ねていたN氏を知っている。写真を撮り、その歴史、背景、経緯、などを調査し、その集大成としてこのガイドブックができあがった。彼の努力の結晶でもある。

付録に「但馬の近代化遺産ガイドマップ」が付いている。但馬学の例会で、何カ所も訪ねた事があるが、改めてこのマップを頼りに、ひとつひとつの遺産を訪ね、そこの歴史と現在の生活を感じてみるのも面白そうだ。
発行は、兵庫県但馬県民局県土整備部(tel : 0796-23-1001)。人気もあって残りの部数も少ないとの情報もあります。
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July 29, 2007

一見、何の変哲もない田んぼのあぜ道。でも、拡大(画像をクリックする)してよーくご覧頂きたい。画像中央部に何やらクレーンのようなものが立ち、人影のようなものが見える。
ここは、兵庫県豊岡市郊外。地名は百合地(ゆるじ)。
画像中央の遠景が豊岡市の中心部。右の山の向こうは日本海。私の自宅は画面左に20分程度車で走ったところにある。

そうなんです。今、注目の自然に帰したコウノトリのヒナの巣立ちの瞬間を観ようと、毎日大勢の人々が夜明けから日暮れまで詰めかけている。人工巣塔に、一羽のコウノトリが見えますが、それが今年5月20日に誕生した注目のヒナ。

巣立ち間近!と伝えられてから既に2週間以上が経つ。クレーンの中には、コウノトリの郷の研究員の人達が交代で観察を行なっている。

私が到着したときは、ヒナ1羽だけが巣にいたが、しばらくすると親鳥が戻ってきてエサを与えている。ヒナは既に親鳥と同じぐらいの大きさに成長している。

京阪神地域からも、関心のある人がたくさん観察に訪れている。コウノトリ観察隊のようなボランティア・グループや写真愛好家や、夏休みの家族連れや、その数は日に日に増えている。やがて、アイスクリーム屋さんでも登場するのでは、と冗談も言いたくなるぐらいだ。

もちろん、テレビ局、新聞社、研究家グループなども張り付いてその瞬間を撮影しようと詰めかけている。お陰で「コウノトリも住む、自然豊かな豊岡市」が全国ネットで報道される機会が急増している。
巣立ちは、私たち市民の心の巣立ちと、言えるかもしれない。
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July 27, 2007

地元の金融機関、但馬信用金庫から写真集『コウノトリのすむ里』をいただいた。
ここ兵庫県豊岡市は、今、コウノトリのヒナの巣立ちがまだかまだかと沸き立っている。2005年に野生復帰を目指して自然に放鳥して以来、初めて5月に卵が孵化し、順調にヒナが育っているのだ。まさに、タイムリーな写真集である。
表紙には、さっそくそのヒナが親鳥と一緒に写っている。

この写真集の最後のページを見ると、編者は神戸新聞但馬総局、発行は但馬信用金庫となっている。どうやら、神戸新聞の但馬信用金庫が神戸新聞の出版協力を行なったと言う形で実現したようです。写真は、神戸新聞の記者である幾野慶子氏が報道用として撮影したものだそうです。

サブタイトルにもあるように、但馬の春夏秋冬、そして人の生活風景の画像もたくさんある。
地元密着型を目指す金融機関が、このような形で地域の表情を地域内外にアピールすることは有効な事だと思う。私も信用金庫の総代をさせていただいている立場で、つい先日も意見を申し上げたところでもある。
地域特性をより掘り下げた独自性のある金融支援と、信金の全国ネットワークを活かしたビジネス・マッチングを押し進めていただきたい、と言う趣旨の意見と要望を申し上げた。
コウノトリは、まさにリレーションシップのシンボルでもある。
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July 16, 2007

裏山が迫る、瓦が美しい、凝縮されたおもてなし。ここは城崎温泉(兵庫県豊岡市)。大溪川流れる温泉街の中心に、この「山本屋」はある。一昨日7月14日に改装オープンした。改装を企画し、実行したのは「山本屋」専務のT君。地域の活動を通じて親しい友人である。T君のこだわりの結晶でもある。

土壁が美しい。伝統的な左官技術とちょっとモダンなデザインが混ざり合い、独特の空間を生んでいる。
城崎温泉は昭和初期に但馬大震災により壊滅状態に。その後、一斉に普及し、木造三階建ての温泉旅館が建ち並ぶ、関西を代表する温泉街となる。
そんな城崎温泉の原点に帰るかのごとく、落ち着いた雰囲気がとても心地よい。

お茶室が蘇った。ずっと昔からある茶室をクローズアップ。ロビーの横に静かな佇まいを演出する。これまでに何度かおジャマしているが、旅館でお茶をいただくのは格別である。

「山本屋」には、もう一つの「売り」がある。それは地ビールである。亭主のT君は、地域ベンチャーとして地ビールの生産と、それを提供するレストランを経営する。
読書が大好き、スポーツが大好きなT君。地ビールのカウンターで夜が更けるまで語り合うのも良いかも。城崎温泉のお薦めの宿である。
T君のブログ
『城崎温泉あれやこれや』
『城崎 山本屋』
〒669-6101兵庫県豊岡市城崎町湯島643
TEL:0796-32-2114
FAX:0796-32-3611
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June 02, 2007

山と谷と田。ここは兵庫県豊岡市竹野町須野谷。私のブログにはこの辺りの話題が多いのかもしれない。日本海にもほど近く、また谷も深い。思わず深呼吸したくなる。
近くには、ドライブイン山里(お蕎麦が美味しい!)がある。もう少し山深く入ったところに、川南谷(かなんだに)、三原といった集落がある。日本海岸には、スノーケルセンターがあり、子供達の野生復帰大作戦の拠点となっている。

須の谷には16軒の家があるそうだ。そのうちの1軒の古い民家を使って、友人からのメールで、「須の谷村の風まつり」があると知ったので行ってみた。主催者はギャラリー「風来」(明石市)の富森さんとその仲間の人達。
民家の中では、洋服、雑貨、陶器、布などが販売されている。島根・石見銀山から群言堂のM氏が見えていた。以前から是非お会いしたい方であったので、やっと実現した。石見のこと、但馬のことなどをお話をした、再会が楽しみでだ。

夕方5時半から民家の部屋を使ってコンサートがある。出演者は笛奏者の雲龍さん。横笛、土笛、木の実の笛、ネイティブ・アメリカンの笛などを使った演奏。暮れ行く須の谷の山の緑を眺め、谷を渡る風を感じ、すぐそこにウグイスの鳴き声も聴きながら、静かに演奏が続く。

アンコールは、民家の外に出て、隣の神社の石段途中から。30℃近くあった日中の暑さも、この時間になると少し肌寒くなる。
ビジネスの忙しさから解放されて、暫しの「心の静寂」を感じるいい時を過ごすことができた。
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May 12, 2007

自宅から歩いて10分ぐらいのところに「但馬国府・国分寺館」がある。2004年に開館した。資料館には行ったことがあるが、常設展を見学するのは初めてである。
建っている場所は、豊岡市日高町祢布(にょう)。旧・日高町役場とバイパスを挟んだところにある。

建物の設計は、栗生明氏。1994年、旧・日高町時代に「植村直己冒険館」を建築設計したのがご縁で、再びお願いしたのだろう(か?)(市役所に確認したわけではありませんが)。
四角い「箱」が4つ繋がっているユニークな建物である。正倉院を意識したのだろうか?確かに格納庫の雰囲気が漂ってくる。

入館して左側が常設展と定期的に企画展が開催されている部屋がある。
旧・日高町で発掘された土器や木簡などの出土品を中心に展示されている。名前のとおり、この場所には、但馬国府が合ったとされる場所。また、200mぐらい北東に行ったところに但馬国分寺があった。現在の地名も「国分寺」である。

入館して右側に「総合学習室」がある。「日高町史」をはじめ、地域の歴史に関する資料、全国の「国分寺」に関する資料、さらに江戸時代に日本全図を作成した伊能忠敬が、但馬を測量した時の資料などが豊富に収蔵され、閲覧できる。
今日は、但馬学で必要な歴史資料を調べに行ったのだが、改めて、自宅周辺は、こんなに歴史が溢れている場所だったのかと感動した。
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May 06, 2007

ここは兵庫県豊岡市日高町。自宅から車で10分もかからないところに「隆国寺」がある。地元では「ぼたん寺」として有名である。夕暮れ近く、ふと思い立って寄ってみた。ちょうどぼたんの満開の時期であった。

パンフレットによると曹洞宗「隆国寺は、室町時代の開基で、山名の四天王筆頭といわれた垣屋播磨守隆国公mp菩提寺と伝わる。元和9年(1623年)に金山より現在地に移された。「金山」とは、隆国寺よりさらに車で10分ぐらい谷に入り、そこから徒歩で1時間余り谷川を登ったところにあった集落。昭和30年代に廃村になり、現在は石垣などの集落の跡が残っている。(この辺りのお話は、但馬学研究会で取り上げています)

住職とは、古いお付き合いだ。もう20年以上前になるだろうか?一緒に、コンサートのイベントを企画したりしたのが懐かしい。先代の住職(お父さん)にも大変お世話になっている。その説法で、しみじみと人生のあり方を考えさせられたことがある。永平寺で要職に就かれてから、現在は長崎県のお寺の住職をされている。

なにはともかく牡丹の花をご覧下さい。現在の牡丹園の再興は天保年間と言うから、今から180年ぐらい前である。飢饉の時に、人々の心に豊かさを取り戻すために植えられたそうだ。

「牡丹」は心の富貴の象徴だそうだ。70種、1000株の牡丹は今が見頃である。
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April 22, 2007

妻が借りている本を返すからと、豊岡市立図書館に行く。考えてみると私も図書館の会員にはなっているが、私にはまだ利用する習慣ができていない。が、図書館の前を通るたびにその佇まいにはいつも惹かれるものがある。
右側に見えるのは、「旧豊岡県庁の正門」。門の横にある案内板には次のような説明がある。
旧豊岡県庁門は、明治3年、当時の久美浜県(現京都府京丹後市久美浜町)の県庁建設に伴って造られたもので、翌明治4年、豊岡県に合併された際、庁舎と共に現在の場所に移築された。
(中略)
旧県庁正門は、横幅8.4メートル、(瓦屋根部分横13.2メートル)、高さ7.6メートルの総欅造りの脇戸付薬医門で、豊岡県庁当時の唯一の証として、豪壮な姿を今につたえている。」

1階の雑誌コーナーのソファから外を眺めたところ。図書館の周囲は「豊岡陣屋跡」である。同じ案内板によると
付近一帯は、中世以来の北但馬地方支配の拠点となった場所。江戸時代およびそれ以前の織豊時代に陣屋や領主館が置かれ、さらに古くは、但馬守護山名氏の北但馬支配のための重要な位置を占めてきた。

2階には、但馬地方に関連した図書、資料コーナーがある。このコーナーに来た時に、ふと、7年前に行なった、「知りたい但馬、伝えたい但馬」と題して、但馬学研究会の10周年記念イベントを思い出した。
但馬学研究会の立ち上げから関わり、もう丸16年が過ぎようとしている。毎月1度の例会を途切れることなくずっと遣ってきたが、ややもするとネタ切れ状態になることもある。
「未だ知らない但馬のコト」がここにはいっぱいある。何とか時間をつくって、このコーナーに足を運びたいと思った。
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April 12, 2007

この風景には、いつも故郷の原景のようなものを感じる。
ここは兵庫県豊岡市日高町鶴岡。円山川に掛かる鶴岡橋である。昭和12年に完成したと言う。全長171mの鉄筋コンクリート製。「但馬の歴史遺産」としても調査され、紹介されている。

豊岡からの帰りに、ふと車を降りて撮影。豊岡中心街へは、会議や買い物など頻繁に行き来する。その帰りには、いつも通る国道312号線から見えるのがこの鶴岡橋。どんどん架け替えが行なわれている円山川の橋。まもなく、この鶴岡橋も壊され、新しい橋が計画されている。
この橋には特別な思い出がある。小学校低学年の頃かな? 自転車を買ってもらった私は、この橋の上で自転車の乗り方を父から手ほどきを受けた。当時は、まだ車の通行量も少なく、周囲の道は舗装されていないところが多かった。そう言う時代、鶴岡橋は、自転車の練習には完璧であった。でも、低い欄干なのに、よくも川に落ちなかったと思う。今ならあり得ない話だ。(^_^;;
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March 25, 2007

JR山陰本線江原駅。向こうから来るのは、「下り」の普通列車。この電車で、友人と合流することになっている。向かう先は城崎温泉。いつもは、車を利用するのだが、今回はゆっくりと温泉に浸かって、食事をして、いっぱい飲もうと言う魂胆なのだ。

電車は北へ。日本海方向へ向かって進む。豊岡駅を過ぎると右手に円山川が見える。電車と国道312号線と円山川とが並行して走る。円山川は3年前の台風23号の災害復旧工事が続く。

豊岡を出て、約10分すると玄武洞駅に到着する。向こう岸に「玄武洞」が見えてくる。柱状玄武岩の岩肌が見える。玄武洞については、またゆっくりとご紹介したい。

城崎駅に到着。いつもは車で通る温泉街をゆっくりと歩きながら行く。知り合いがやっている旅館を覗きながら、お土産物屋さんに立ち寄り、知人がやっている手作り家具のお店にも立ち寄る。魚屋さんの店先には一夜干のハタハタやカレイが並び、日本海の香りもたっぷりだ。

温泉を大渓川が流れ、両岸に木造3階建ての古い旅館が並ぶ。これが城崎温泉の風情だ。このなんでもない鄙びた温泉は、今の時代、かえって貴重で新鮮だ。

城崎温泉は「外湯巡り」で有名。7つある外湯を宿泊している旅館の浴衣を着て、下駄を履いて、カラコロ、カラコロと外湯めぐりをする。私たちは、泊まりではないので普段着だが、ミニ温泉旅行気分に浸っている。今回は外湯のひとつ「まんだら湯」へ。こじんまりとした浴場だが、きれいな湯でゆったりと温泉に浸かることができた。
温泉の後は、美味しい日本海の幸とビールで乾杯。あー、やっぱり温泉はいいなあ。こんな、城崎温泉の楽しみ方もあるんだね。
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March 11, 2007

兵庫県豊岡市下宮にある山間の田んぼにコウノトリが集まってくる。2005年9月にコウノトリの野生化へ向けて放鳥したコウノトリの郷公園から北西に小山を超えて1km程のところにある。周囲は冬期堪水田(冬にも田に水を溜めている)を奨励し、そのうちの1枚の田をビオトープにしている場所がこれ。
午前と午後とボランティアの人が餌を与えているのだそうだ。その時間になるとコウノトリが集まってきて餌をついばむ姿を観察できる。以前から、その話を妻や友人から聞いていたので訪ねてみた。

実は、この餌場の真横には、久久比(くくひ)神社がある。コウノトリを祀ってある神社として地元の人から聞いて知っていたが、訪ねるのは初めてだ。

この本殿は、国指定重要文化財となっている。久久比神社の祭神は久久遅命(くぐちのみこと)を祀る。「くぐち」が「鶴」(くくひ)に結びつけられた。「鶴」(くくひ)はコウノトリの異名である。いずれにしても、コウノトリに所縁の深い神社なのである。

コウノトリは、西洋では赤ちゃんを運んでくる鳥としても有名。コウノトリの郷公園には、自然放鳥以来、たくさんの人が来園するようになった。コウノトリを見て、子宝に恵まれるように手を合わせている若いカップルもいるとか聞いたことがある。この神社のお札は、まさにコウノトリ。子を授かる願いを込めたお札がいっぱいだ。

本殿脇の木陰から眺めると、すぐそこでコウノトリが餌を食べている。数えると6羽いる。確か、これまでに放鳥したコウノトリは14羽。そのうち1羽が死んだので13羽。約半数のコウノトリがここで餌を食べていることになる。この餌付けには、賛否あるところだろう。
放鳥したコウノトリで死んだのは、落雷か電線による感電死と言われている。また、放鳥以前の2004年から住みついていた野生のコウノトリ(ハチゴロウ)も、つい先日死んだ。死因はまだ不明。
コウノトリの野生化事業は、まだまだ多くの課題を抱えている。いや、まだ始まったばかりと言って良いのだろう。市民としてこの課題と取り組むことが、そもそも地域の豊かさを育むことになるのである。
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March 04, 2007

兵庫県豊岡市神鍋高原。今年は本当に異常気象だ。過去にも「暖冬」であった年も何度か経験しているが、この時期にここまで暖かくなったのはほとんど記憶にない。人工雪のコースでは、少人数ではあるがスキーヤーの姿も見える。

神鍋高原・栗楢野(くりすの)の山。高原で22℃と言う事は、市街地はひょっとして25℃ぐらいまで上昇しているかもしれない。どこを見てもすでに春の風景だ。スポーツや散策で賑わう神鍋高原がすぐそこまでやってきているのかもしれない。
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February 18, 2007

ここは兵庫県豊岡市。住民ディレクター・フォーラム 『新しい「遊び」が始まるよ!』に行ってみた。会場は豊岡駅前の豊岡市民プラザ(アイティ7F)。主催者は、そのままの但馬をもっと好きになるために映像を使おうと、2005年に活動を開始した「但馬を映像で発信する会」である。参加者は、主催者の仲間や家族、映像に興味のある人、まちづくりに興味のある人、子供からご年配の方まで幅が広い。

今日のフォーラムは、メンバーが日頃撮影した映像を3分に編集したビデオを会場で映写しながら、それにコメント入れて行く。約10人の人達が代わる代わる発表を行ない、残りの人がその様子をビデオ撮影している。このフォーラムそのものが、また後ほど番組になってしまう。番組の番組は新しい番組なのだ。会場にいると何かこんがらがってしまう。
メンバーのほとんどの人は友人や知人である。普段シャイな性格の人が多いのに、住民ディレクター活動をやっている時は、なぜか、みんな活発。物怖じしている様子がない。はやくも成果が出ているのかな。(^_^)

「住民ディレクター」は、(有)プリズム代表の岸本晃氏が考案したまちづくりの手法で、映像のプロでない一般の住民たちが、家庭用ビデオで自ら地域情報を撮影し、「番組制作を通じて企画力を高め、自分自身の生き方や地域、社会のあり方を考える」活動なのである。(ホワイトボードの前に立っていらっしゃるのが岸本氏)
プリズムTVをご覧ください。
この映像の会のメンバー達が中心になって、いよいよ3月3日(土)に「但馬テレビ」開局するそうだ。すでに暫定サイトが立ち上がっている。開局が楽しみである。
但馬住民ディレクター制作番組(暫定サイト)
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February 12, 2007

昨日から友達の家族がわが家に一泊で遊びに来ていた。今日は快晴! 友人の子供達は、まだ小学校1年生のKちゃん(男の子)と1歳3ヶ月のHちゃん(女の子)。小さい頃の思い出にと思い、、わが町出身の世界的冒険家・植村直己さんの「植村直己冒険館」に案内した。

冒険館に入ると、まず植村直己さんの生前の冒険の記録映像を鑑賞する。案内係の人から「今日は何の日かご存知ですか?」との問いかけ。偶然だが、なんと今日は植村直己さんの誕生日であった。そう言えば、遭難したアラスカ・マッキンレーの登頂は、直己さんの誕生日であった。そして、その翌日消息を絶った。私は、テレビのニュースで伝える、誕生日の登頂とその翌日のことを思い出す。

冒険館の「メモリアルウォール」にある植村直己さんの学生時代のパスポートの写真。このパスポートでアメリカ大陸に渡り、世界の冒険家・植村直己の旅が始まったのであろう。確かに「12 Feb. 1941」と生年月日が記されている。今日は66歳の誕生日と言うわけだ。
植村直己さんのチャレンジ精神と謙虚な人柄を改めて噛み締めてみたい。
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January 29, 2007

兵庫県養父市大屋町に「山路寺(さんろじ)」と言うお寺がある。先日、但馬学研究会の例会で大屋を訪ねた時に、メンバーと訪ねた。大屋町は、但馬学では最もたくさんの例会を開催している「地域の話題が満載」の町である。旧・大屋町役場の横の小高い地にこの山路寺がある。いつも役場の駐車場から眺めることができて、気になっていたお寺だが、今回初めて訪ねる機会を得た。

なかなか立派な本堂である。高野山真言宗平林山 山路寺。永承二年(1048年)に密教道場として開創。全盛は鎌倉時代であると言う。

山路寺は、稲葉楊谷(いなばようこく)の筆になる襖絵などで有名でもある。住職の説明では稲葉揚谷であるが、インターネットで調べると「片山揚谷」として記されている方が圧倒的に多い。この山路寺障壁画は、兵庫県指定重要文化財として登録されている。写真は、「老松図襖」。

「片山揚谷」は、宝暦十年(1760年)、医師の子として長崎に生まれる。幼少の頃に父母を失い、諸国巡礼の末、鳥取に来て滞在し、茶道家片山宗巴の家を継いだ。「渓流猛虎図襖」。迫力のある虎だ。

山路寺の襖絵は、寛政十二年(1800年)揚谷41歳の作品。揚谷の最晩年の作品。揚谷は、享和元年(1801年)に但馬湯村温泉に逗留中に急死したと言う。住職は揚谷の絶筆であろうとの説明。「牡丹孔雀襖」

兵庫県の重要文化財であるような貴重な襖絵を写真に撮らせていただいた。老松の構図、猛虎の迫力あるタッチ、孔雀の繊細な筆遣い。果たして片山揚谷と言う画家はどのような人であったのであろう。そして、山路寺とはどのようなご縁があったのだろう。
大屋町には、豊かな自然、歴史と山里の生活、鉱山跡、養蚕農家、興味深いものが一杯ある。
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January 28, 2007

「永楽館復元工事」(兵庫県豊岡市出石町)の2回目の見学会があった。地区の「寄り合い」が長引いて遅刻。(>_<) 既に扉を閉めて鍵が掛けられた状態だった。現場を離れる最後の担当者の方が親切にも開けて中を見せていただいた。現在、このように、「仮設の覆い屋」の中に永楽館がすっぽりと入ってしまっている。

「仮説覆い屋」の中は足場がぎっしり。すでに屋根と外壁が撤去されている。幸いにも、説明を終えられた田中棟梁(永楽館の現場責任者)が現場に戻ってこられて、簡単に説明をお聞きすることができた。

資料によると、瓦、ささ板はボロボロで全て捨て、野地板が30%、タルキは40%が再利用されるそうだ。小屋組(屋根を支える骨組)の補強。古材と当時の工法をできるだけ残すのが文化財の修復では大切なのが分かる。田中棟梁からも「ともかく利用できるものは極力、継続使用、再利用します」と説明いただく。

屋根の剛性を強くするために、鉄筋の筋違いが取り付けられている。しかも、直接古い部材に取り付けるのではなく、枠を組んで取り付けてある。これは、古い材料をさらに弱めることを防ぎ、将来、「平成の大修理」で加えたものだとはっきり判るようにするためだそうだ。

現場見学会のあと会場を移し、講演会があった。講師は増田一眞氏(「NPO法人 伝統木構造の会」 会長)。たくさんの木構造や構法の提案をされている。永楽館の「構造」についてもお願いしているそうだ。
増田氏のお話は、ご自身の実績と建築に対する信念により、とても説得力があり、感銘を受けました。増田氏の「私の考える道理」には、12の道理が説かれている。私は建築の専門家ではないので、すべて説明できないが、次の「道理」には至極納得した。
(以下、増田氏の資料より)
「一、自然に逆らわずし建てるべし」
建てること自体が自然に逆らうことなのだから、自然に従って建てないと自然力に壊されると二宮尊徳が言っている。この考え方は、実は伝統木構造の根本を言い当てている。西欧の、自然は征服しうるという思想と対極的な東洋の共存思想と言い代えてもよいだろう。
「二、樹は重さと風に耐えてきた」
樹は育つ過程で、幹や枝や葉の著しい重量を支え、ときとして突風や暴風による横なぐりの強い力に耐えて育った。その過程で強さを得ている。(一段落、略)樹は軸力にも曲げにも強い材なのに、在来軸組構法では、なぜか軸力抵抗しだけしか働かされず、柱の曲げ抵抗は活かされていない。軸力抵抗をするのは筋違と呼ぶ斜材で、柱はすべて遊んでしまっている。
少し引用が長くなってしまったが、「日本の伝統木構造に注目するべきだ」との増田氏の考えをもっと学びたいと思う。
※「サイト内検索」(画面右上)に、「永楽館」と打ち込んでいただくと、過去のブログ記事「永楽館復元工事」の記事が出てきます。どうぞ、利用してみてください。
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December 24, 2006
河川改修の事業説明会があったので、一昨日はその記事を書きました。書く時に参考にしたこの冊子は、既にご紹介しているつもりだったのですが、まだだったのに気付きました。
「円山川の今・・・」と言う冊子は、2006年8月に発行されました。発行者は「国土交通省近畿地方整備局豊岡河川国道事務所」です。(長~い、名称でなかなか覚えられない。)(^_^)
2004年の台風23号で被災した豊岡市とその周辺の町の様子を、時間軸と写真を使いながら再現しています。また、その時の気象データ、その後の復興に向けた取組みが紹介されています。
被災した住民の最大の関心事は、当然のことながらその復興計画と進捗状況である。冊子の5ページには「新しい川づくり」と題して「円山川緊急治水対策の内容」が紹介されている。
国の災害防止予算として「緊急治水対策」がとられている。その概要は平成16~26年度で約900億円かけて再度災害防止を図る。そのうち、激甚災害地区には「激特事業」として平成16~21年度の5年間に650億円が投じられる。
治水対策として、
○堤防を整備する
・無提地区の解消
・堤防強化
・堤防高さの確保
・築堤(破堤箇所の整備)
○河川の水位を下げる
・河道掘削
・橋梁、堰の改築
・遊水地の整備
○内水対策
・排水ポンプの増強
・内水河川、水路の整備
○ソフト対策
・災害情報協議会の発足
・防災意識の向上
・防災情報の提供
などの対策が計画され、実施中である。
先日、豊岡市では「補助金の不正受給」問題が表面化した。制度自体にも課題があるような議論もあるが、ともかく、災害対策である以上、工事の進行そのものを早めて、次に来るであろう台風や大雨に備えたい。
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December 17, 2006

住民ディレクターを養成するための集いに参加した。会議を主催したのは「但馬を映像で発信する会」。まずは、代表の木村尚子さんから本日のプログラムが発表される。(実は、昨日から引き続きの2日目なのである。昨晩の懇親会が盛り上がりすぎて、朝のスタートから大幅に遅れているのだ。)
木村代表は、いっぱい言い訳しながら段取りを告げている。しかし彼女の本心は、とんでもない盛り上がりにタジロギながらも、メンバーの仲間達の「濃い」エネルギーに手応えを感じているのでしょう。(^_^)

指導していただくのは、(有)プリズム代表の岸本晃さん。「住民ディレクター」は、岸本さんのテレビ番組制作者としての経験と、地域から情報発信することで地域づくりに貢献しようと言う情熱から生まれた発想であり、実践的な手法なのだ。ビデオ制作には「何を伝えたいのか」を明確にすることが大切だと説く岸本氏。黒板に、テーマ、タイトル、キーワードを並べながら、編集の仕方を教えていただく。
岸本さんのお話を聞きながら思ったのは、「ビデオ番組の編集作業は、ブログを書く時の手順と同じだ」と言うこと。「何を伝えたいのか?」って自問を繰り返すことで、自分自身の考えがはっきりしてくる。その途中に、新しい発見、物事を違う側面から観察する態度、異なった考え方を理解する態度などが養われるのだと思う。

テーマとコンセプトを決め、番組のストーリーの大枠が決まると、いよいよ映像の編集作業が始まる。メンバーが撮った映像を、ストーリーに沿って、カットして行く。その様子を、ビデオカメラで撮影しながら、ライブでプロジェクターから流して行く。

「番組制作」は、まだまだ続く。チーフ・ディレクター、ディレクター、カメラ、マイク、タイムキーパー、メイキングなどのスタッフを決める。指名されたメンバーは、「プロになったつもり」でそれぞれの役割を果たして行く。岸本さんのこの全員参加の指導は素晴らしい。
京都府の宮津、綾部、舞鶴の皆さんや立命館大学の映像を学ぶ学生さんも合同で行なった。初対面の人達が多かったが、「番組をつくる」作業を通じて、最後には親しい仲間になってしまう。まさにこれが「住民ディレクター」の本質なのかもしれない。
来月行なわれる次回の養成講座が楽しみになって来た。私はメンバーでもないのに、すっかりその気になってしまっている。(^_^)
ありがとうございました。>岸本さん、「但馬を映像で発信する会」のみなさん
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November 24, 2006
「植村直己冒険館」を訪ねた。自宅から車で5分ぐらいのところにある。そうなのだ、植村直己さんは、兵庫県豊岡市日高町に生まれた郷土のヒーローなのだ。
冒険館は、1994年に開館。建築設計は栗生明氏。この植村直己冒険館は、1996年度の日本建築学会賞、1998年のケネス・F・ブラウン・アジア太平洋建築デザイン賞を受賞している。
展示室が、すべて地中に埋まっていて、その上は画像のように公園になっている。

入り口への進入通路。左右コンクリートの壁にはさまれた一直線の通路を少しずつ下りながら、ガラスのドアの入り口に到達する。これは、クレバスをイメージしたものだそうだ。

冒険に使った装備品や世界各地で集めた品々、冒険行の記録映像、世界各地から故郷へ綴った絵葉書など、多数展示されている。植村直己ファンには、たまらない「実物」ばかりが豊富に展示されている。

メインの展示室の他に、図書コーナー、ミュージアム・ショップがある(画像)。さらに、新設された展示ギャラリーには、植村直己が集めた世界の収集品、世界五大陸最高峰の頂上石などが展示されている。
中庭には、クライミングウォールがあったり、冒険館の周囲も散歩したり、芝生でゆっくりとしたり、気持ちのいい空間が広がる。

これは、「メモリアルウォール」と呼ばれ、植村直己の生涯と行動の軌跡が刻まれている。夜間には、光の帯として浮かび上がる。
植村さんが高校時代に登った蘇武岳、初めて取得したパスポート、アマゾン川のいかだ下り、妻・公子さんとの食事風景、など植村さんの人となりが伝わってきて、ジーンと来る。
ちなみに、私が豊岡高校1年のときに、日本人としてエベレスト初登頂した報告会が、母校の豊高で開かれた。その時の、植村さんの講演は今でも、はっきりと覚えている。
植村直己さんに、建築に、興味のある方は是非、訪ねてみてください。
実は、私も植村直己の(隠れ)ファンなのである。(^_^)
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November 20, 2006

永楽館の内部。「廻り舞台」とその下の構造が見える。左側には「花道」。花道の下には「通路」がある。正面窓のあるところが「楽屋」。

正面窓(光)の下の縦の枠は、「大道具置場」。舞台左側に見える縦の柱数本は「馬立(うまたて)」。背景画を立て並べておく場所。舞台天井には「ぶどう棚」(幕を吊ったり、雪や花吹雪を散らしたり、役者も宙吊りできるそうだ)。階段下は「小道具置場」階段上った左手が「カヅラ部屋」。

「廻り舞台」の下の構造。レンガを積んで作られた柱の上に鉄製の車輪が取り付けられている。その上を舞台が廻るようになっている。もちろん、人力で廻すのだ。

舞台奥の「楽屋」から舞台を見たところ。舞台の床は、かなり腐ったり、壊れたりしているが、できるだけ現状のままで復元するそうだ。

「花道」の向こう側に電話ボックスサイズの小屋が見える。 「鳥屋」と言う。花道を下がった役者が、この鳥屋の中の階段を下り、観客に見つからないように花道の下を通って楽屋に戻る。中央が「平座敷」。映画館になったためにコンクリートが張ってあるが、これは畳の「平座敷」に復元される。写真奥の2階は「奥座敷」。中央の小部屋は、戦後作られた「映写室」だが、復元では除去される。
「永楽館」は、「芝居小屋として一番華やかしき頃の大正11年頃の姿に忠実に復元する」と言う。
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November 14, 2006

これは永楽館の外観(現場の資料パネルより)。昭和40年代に閉館した後は、このようなな概観のまま、出石(いずし)の中心部の道沿いにたたずんでいた。私が子供時代から知っているのは、この概観だけ。中で映画や芝居を鑑賞したことは一度もない。

永楽館内部の様子(現場の資料パネルより)。昭和25年頃に、2階桟敷席に映写室が設置され、本格的に映画館としての利用がされていく。天井の左右に掛かっている当時の看板が、とてもレトロなのだ。既に、取り払われているが、但馬学研究会の例会で、実際にこれらの看板を見たときは驚いた。これだけでも、十分文化財である。

復元イメージ。表は自動車が通る道路に面しているので、入り口は反対側の路地向きにつくるそうだ。完成予定は平成20年6月ごろ。今から完成が楽しみだ!

永楽館は、地元・出石(いずし)で、代々紺屋を生業とした小幡家の11代目久次郎が建設を志した。以来、つい最近まで、小幡家が所有し、管理してこられた。個人が所有する、明治の芝居小屋は、全国でもないのではないか。また、小幡家には、永楽館の運営、改造に関する資料がほぼ完全に残っているそうだ。
風俗(娯楽)営業なので、少しでも改造する場合は、県知事の許可が必要であったため、図面と共に、認可証などが多数残っているそうだ。写真は明治35年の兵庫県知事の印である。

永楽館の2階桟敷席の窓から見た外の風景。こんなのどかな出石の街に、永楽館が復活する。2年後が待ち遠しい。
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November 09, 2006

「永楽館」は明治30年代に建てられた芝居小屋。長らく空き家で放置されていた建物を復元するプロジェクトがスタートした。ここは、兵庫県豊岡市出石(いずし)町。城下町として栄えた街。「出石そば」で有名な出石町にある。

永楽館は、明治から昭和の初期まで、歌舞伎を中心とした芝居が上演された。戦後、映画館に改装され、町民の娯楽施設として親しまれたが、昭和40年代に閉館した。

豊岡市教育委員会主催の「第1回現場見学会」に出席した。現在、豊岡指定文化財に登録され、その復元工事のプロジェクトが始まったのだ。芝居好きの私としたら、このプロジェクトには大変興味があるし、ワクワクしてくる。

地元の建築家の福岡隆夫氏より、「永楽館」の概要説明があった。福岡さん自身、子供の頃にはこの永楽館で石原裕次郎や赤木圭一郎の映画を観たそうだ。当時、市民の娯楽の殿堂だったそうだ。
福岡氏は全国の現存する芝居小屋を調査され、この「永楽館」復元へ向けて並々ならぬ情熱を注がれている。ご自身のライフワークだ、とも表明されていた。

最後は、大工の棟梁、田中定氏から、復元方針を柱や梁、天井などの木材の再利用できるかどうかなど、実際に復元工事を仕切る立場でお話があった。
田中氏は、古民家蘇生で有名な棟梁。個人的にも、その仕事場を見せていただいたりして、お世話になっている。以前、但馬学研究会の例会でもお話を伺ったことがある。
棟梁・田中さんの伝統技術を生かして、明治の建物が蘇生されるのは、大変興味深い。今後も、定期的に見学会があるそうなので、参加しようと思っている。
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October 16, 2006

城崎温泉(豊岡市城崎町)の秋祭りを見物した。城崎の友人からのメールで「明日(10月15日)は、秋祭りのクライマックスだよ」と連絡が入った。「そうだ!」いつかは観たいと思っていたので、さっそく行ってみた。城崎温泉の特徴の一つ、木造三階建ての旅館が建ち並ぶ。温泉街を流れる大谷川沿いに御神輿が繰出す。

この日は、城崎の男達は燃え上がる。神輿とだんじりが大谷川の両側の通りを練り歩く。

城崎温泉の外湯巡りで有名な「一の湯」前の広場。ここで御神輿とだんじりがぶつかり合いをする。「一の湯」の窓からお祭りを観ようとガラス越しに広場を見下ろしている観光客。このお祭りは、観光のものではなく、代々伝わる地元の人による、地元の人の為のお祭り。たまたま居合わせた温泉客はラッキーだ。

暮れ行く温泉街で御神輿とだんじりのぶつかり合い。これには、古くから伝わる物語がある。見物していると友人が、何人か声をかけてくれて、祭りのストーリーを説明してくれる。が、祭りの熱気で説明をしたり、聞いたりしているどころではない。今度は、しっかりと物語を知ってからもう一度、この城崎の秋祭りを楽しむことにしよう。
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October 09, 2006

アメリカ(テキサス・オースティン)の友人Gさんと一緒に日本海を見に行った。Gさんは建築家。もともと休暇をとって来日予定であったが、ちょうど藤原次郎さんの上映会があったのでそれに合わせてやってきた。Gさんとは、私の自宅建築中以来だから、15年ちょっとの友達である。そう言えば、昨年もやって来て一緒に国内旅行もした。

向かったのは、山陰海岸国立公園にある「竹野スノーケルセンター」(豊岡市竹野町切浜)。大浦海岸にある。ナホトカ号の沈没で重油が流れ着き油まみれになったことがあるが、ボランティアや地元の人達の除去作業で、今はもとの豊かな海岸となっている。

メインは、夏のスノーケル教室。初心者もスノーケルつけて海の散策ができる。私も時々行くが、わずか岸から10数メートル離れて、水中メガネで海を覗くだけで別世界にいるような感動を覚える。やったことがない人には、ぜひ、お薦めだ。
センターの中の展示も充実している。海の生き物ばかりでなく、野鳥、昆虫、植物など、海・山・人里の生き物の情報が満載である。

帰ろうと外に出ると、センター長にばったり。「たくさん採れたでー」と、籠の中はキノコでいっぱい。「これから焼いて食べようや」と誘われたが、時間がなくて、残念!
センター長は本庄四郎君(高校時代のクラスメイト)。彼はこの但馬地方の自然を知っている第一人者。観察・研究ばかりでなく、子供たち、いや親たちも巻き込んで「人の野生復帰大作戦」の首謀者でもある。自然に囲まれて育ち、自然から学び、自然と遊ぶ、いくつになっても彼は野生児なのだ。(^_^)
素晴らしいセンター長に会いに、ぜひ「竹野スノーケルセンター」に行ってみてください。もちろん、スタッフの方も親切でいい人達ばかりです。
竹野スノーケルセンター
兵庫県豊岡市竹野町切浜大浦
TEL/FAX:0796-47-1932
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September 24, 2006

昨年9月に引き続きコウノトリの自然放鳥が行なわれた。今回の場所は豊岡市大磯町の円山川堤防。昨年放鳥された4羽はコウノトリの郷公園に居付いてしまったので、今回はそこから2km離れた場所である。

コウノトリへの地元の関心はとても高まって来た。当初は、コウノトリが飛んでどうなるの?みたいな冷めた見方もあったが最近は違う。昨年放鳥の4羽がいろいろな話題を振りまきながら、ここまで順調に生息しているからであろう。コウノトリの郷公園への観光客は凄まじい勢いで増加している。

放鳥に先立ち、地元の小学校の生徒たちが「コウノトリの唄」を合唱している。マスコミのカメラが何十台も生徒たちと放鳥の瞬間を狙う。テントには、事前に行なわれたフォーラムのパネリストなど海外からの専門家、国会議員、兵庫県副知事、国交省河川国道事務所、県会議員、市長など大勢の来賓が見守る。

放鳥のステージには、コウノトリファンクラブで抽選に当たった人達がテープカットする。東京、九州、神戸からなど遠方の方もいる。テープカットの合図を送るのは、コウノトリファンクラブ会長であり、日本野鳥の会会長の柳生博さん。

1箱ずつ扉が開けられる。扉が開くと「よいーしょっ!」とばかりにコウノトリが元気に飛び出す。助走もなしに飛び立つので最初はビックリである。

風上に向かって飛び出すが、すぐに向きを変えて風に乗るように飛ぶ。羽を広げて飛んでいる姿を間近に観ることができるのが放鳥の感動である。

コウノトリが飛び去った方向を向く見学の人達。その向こうには2004年の台風23号で大洪水を引き起こした河川改修工事が行なわれている。円山川の自然の恵みも脅威もしっかりと受け止めながら、コウノトリも人も共生していかなくてはならない。秋空が清々しい。
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September 19, 2006

ここは兵庫県豊岡市。国内有数の「カバンの産地」である。今年7月21日に、お洒落で本格的なカバン・ショップ「ARTPHERE」がオープンした。画像右端の通りは、JR山陰線の豊岡駅に通じる目抜き通り(大開通り)。画像左向きに宵田商店街がある。今、「カバン・ストリート」として豊岡カバンを全国にアピールする拠点としての活動が活発化している。

「ARTPHERE」は、東京の青山・原宿界隈の雰囲気を持ったハイ・センスなショップ。ショップ名は「Art +Atmosphere」の造語。「アートな雰囲気」を大切にする意気込みが感じられる。経営者は友人Y君。以前から「こだわりのカバン・ショップ」のプロジェクトについて聞いていたので、カバン好きの私も開店を楽しみにしていた。

「旅・自分流」をキーワードに、画材バッグを中心に扱っている。「大人のこだわり旅、目的旅をサポートする良質な鞄」を提供するのがこのショップの出発点である。

2階の工房には2台のミシンと作業台がある。実際に鞄職人によるバッグの製作が行なわれている。スタッフの人達からはカバンに対する熱い思いが伝わってくる。経営者のY君もスタッフの人達もみんな若くてセンスがある。カバン産地から全国に向けて「こだわりのカバン」の発信基地として頑張って欲しい。

なめし革はもちろんのこと、丹後ちりめん、日本伝統の古布などを使用した「一点モノ」も扱っている。実は「よーし、私も自分のオリジナルのカバンを作ってもらおう」とワクワクしている。近くに来られる方があれば、ぜひ、立ち寄ってみてください。
ARTPHERE
〒668-0033 兵庫県豊岡市中央町8-4
tel : 0796-23-5408
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September 09, 2006

稲の穂は垂れ、夏雲から秋の雲に変わった。空気が変わった。気温はまだ30度を上回る日々であるが、季節は確実に秋なのだ。8月、9月は会社の繁忙期の真っ只中。周囲の変化に気づく余裕もなく過ぎてしまった。だからなのか、こんなシーンに感動する。

ここは、兵庫県豊岡市の六方田んぼ。9月に入ると、一斉に稲刈りが始まる。左の山すそには、「コウノトリの郷公園」がある。コウノトリの野生復帰を目指して、様々な取り組みを行っている。昨年放鳥されたコウノトリは、まさにこの六方田んぼに飛来し、餌を探している。
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September 06, 2006
厳しい風土の中で培われた芯の強さ、粘り強さこそ但馬人の真骨頂にほかならない。この本の人選や編集作業を通じて、あらためてそのことを強く実感させられた。時代、活動分野の違いを超えて、先人たちの生きざまから学ぶべきものは多々あるに違いない。ぜひ21世紀の地域創生に生かし続けて欲しい。
『但馬ゆかりの50人』(あとがき)崎山昌廣・監修 より
「但馬」(たじま)とは、兵庫県北部の地域を指す。朝来市生野をピークとする中国山地の北側である。「あとがき」の指摘にもあるように、山間部が多く、平地は少ない。夏は暑く、冬は日本海側特有の季節風が吹き、積雪がある。
この本「但馬ゆかりの50人」は、但馬出身の人と一時期但馬で生活した人、また、但馬に来て作品を残した人など、「ゆかり」の人物を取り上げてある。古くは戦国時代の武将・山名宗全(やまな・そうぜん)、沢庵宗彭(たくあん・そうほう)【沢庵和尚】、最近では、冒険家・植村直己さん が取り上げてある。
監修の崎山先生は但馬学研究会の発足当初、地域学とは何か?ということをテーマにお話をお聞きしたことがある。但馬学のことをいつも気に掛けて頂いている方でもある。
この本には、「ゆかりの人」にそれぞれの「ゆかりの地」も記してある。一つ一つ訪ねて見ようと思う。これは、但馬学の原点でもある。
『但馬ゆかりの50人』
神戸新聞社
定価300円(税込)
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August 28, 2006
ここは兵庫県北部・但馬地方にある豊岡市。豊岡市街地は、海岸から20kmぐらい上流にある。豊岡盆地とも言われ、円山川が緩やかに流れ、田園地帯が広がる。
8月27日の夜9:00からNHKで「コウノトリがよみがえる里」が放映された。昨年9月に5羽のコウノトリが野生復帰に向けて放鳥され、その後の1年間をカメラが追った番組。私も関心を持って、時々コウノトリの郷公園を訪れたので、大変興味深い内容であった。
たくさんの関係者、市民の期待を背負いながら、このコウノトリの郷公園から5羽のコウノトリが放鳥された。
私自身、空を飛ぶコウノトリを観たことがなかった。コウノトリとは、一旦絶滅した鳥で、再び野生化する為に人工ふ化とケージの中で飼育されている鳥でしかなかった。それが、郷公園周辺とは言え、自由に空を舞う姿には、やはり感動した。
豊岡の冬は雪が降る。冬場はコウノトリはどうしているのだろう?と時々思ったが、冬場には、近くにある広大な六方田んぼとそこを流れる六方川でエサを探していたと言う。
コウノトリの郷公園の大迫義人主任研究員。時々会って、コウノトリの近況を聞いたりする。郷公園には、この他にも数名の研究員がいる。みなさん、それぞれの専門分野を活かし、コウノトリの野生化へチャレンジしている。その他にも、NPO「コウノトリ市民研究所」などのボランティア・グループも「生き物調査」などの活動を通じて、野生復帰を支援している。
電柱に作りかけた巣の材料を、この人口巣塔に移すと、すぐにコウノトリは受け入れた。交尾が始まった。この頃から、コウノトリの野生での産卵の期待が膨らみ、市民が遠巻きに観察する見物者が増えて来た。
期待に応えて(?)産まれた卵は4個。落下したり、巣の外にはみ出したりして、残念ながらふ化の報告は聞かれなかった。しかし、ここまでは、市民が想像していた以上に、順調に来ている。2羽目の全くの野生のコウノトリが飛来した。
無農薬の米造り、農作物。虫や小魚でいっぱいの河川。自然環境を大切にした農業のあり方、企業経営、教育などが同時に進んでいかなければならない。
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August 12, 2006
稲葉川とは、兵庫県豊岡市日高町を流れ、日高町岩中で一級河川「円山川」と合流する川である。2004年10月20日の台風23号で、大洪水を引き起こした。上画像は、被害の最も大きかった赤崎地区(右上側)、浅倉地区、岩中地区、宵田地区、江原地区の河川改修プランである。(右から左へと円山川は流れる)
ポイントは、稲葉川と円山川の合流地点を現在よりも下流に700m移動させる。目的は、稲葉川に対して本流の水位上昇の影響を軽減する、JR橋梁は現状のままで安全を確保するためである。
このエリアは、激特事業(河川激甚災害対策特別緊急事業)の対象区域になっているので、5年以内、つまり2009年度(平成21年度)までに築堤、堤防強化、橋梁架け替えを行なう。

Hanger-Networkの工場は、この岩中地区にあるので、岩中地区説明会に出席した。説明者は、国土交通省豊岡河川国道事務所、豊岡土木事務所、豊岡市役所、のスタッフの人たち。
このエリアは、尾川橋下流を国が、上流を兵庫県が管轄して改修工事に当たる。2つの部署の連携をしっかりと取りながら工事をスピーディに進めて欲しいと、住民側から要望が出る。
今回の説明で、本流と支流の合流点と言う複雑な地形を、どのように治水するのかという基本設計が納得できた。4つの地区の安全と災害対策を考えると、わが社の「岩中工場」(図面・岩中発電所の対岸にある)も、この治水工事に全面的に協力をしていかなければならないと考える。
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July 29, 2006

ちょうど1週間前の7月22日、「北近畿自動車道(春日〜和田山)」が開通した。今日初めて利用した。待ちに待った道路である。
北近畿自動車道は、豊岡市を起点に丹波市春日町までの総延長約七十キロの自動車専用道路。1996年8月に着工し、昨年4月には春日−氷上間(約六・九キロ)が部分開通。春日インターチェンジで「舞鶴若狭自動車道」と接続している。

これまで兵庫県豊岡市日高町にある自宅と大阪(梅田、心斎橋、難波など)との行き来は、もっぱら兵庫県朝来市和田山町から「播但自動車道」を利用して、姫路方面に南下し、福崎町から中国自動車道を利用するコースを辿っていた。が、今回の豊岡自動車道の開通で、再び、「豊岡自動車道」を通ることになる。
確かに、大阪(阪急梅田駅前)〜春日インターチェンジ(1時間)、春日〜和田山(30分)、和田山〜豊岡市日高町(25分)で帰宅した。これまでより20分〜30分短縮したように思う。
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July 09, 2006

ジュラシックパークのシーンではありません。(どうも恐竜づいているかな?)(^_^)。これは豊岡市日高町神鍋高原にある「八反滝」(はったんのたき)。子供の頃、神鍋高原でキャンプし、その周辺を散策したことがあるので、小さい頃から知っていた。しかし、地元の人でも意外と知らない人は多い。それは、道路から少し隔たった行き止まりの道から行かなければならないせいかも知れない。観光化せず、ひっそりと存在する。ぜひ、行ってみてください。

約2万年前、神鍋火山群から噴出した溶岩が、稲葉川に沿って流れ、15km下流の円山川まで達している。実は、私の自宅はその溶岩の末端に建っている。裏がすぐに円山川なのだ。
神鍋火山の溶岩は、玄武岩質で粘性が弱く、長い距離を流れ、冷えて固まるまでに様々な風景を作り出したと言われている。そう言えば、稲葉川には大小、多数の滝がある。普段の道路から見て、集落の裏側を流れているので、そこの住民しか知らない。
私は数年前、友人と稲葉川の下流約5kmをカヌーで下ったことがある。「溶岩流の景色」はうなづける。1m~2mぐらいの段差(滝)が次から次に現れる。中でも5m以上もある滝に遭遇した時は、肝を冷やした経験がある。
稲葉川でのカヌーはお薦めできないが、これらの小さい滝を、一つ一つ訪ねてみてはいかがでしょうか。
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July 05, 2006

豊岡市但東町の「日本・モンゴル民族博物館」で開催されている「モンゴル大恐竜展」に行った。4月から開催されているので、行かなくてはと思いつつ、会期切れ(7月9日)が近づいていた。今回の恐竜展の見所は、巨大肉食恐竜タルボサウルス(写真)とある。なるほど、実際の大きさを目の前にして、恐竜時代に想いを寄せてみる。

一番印象に残ったのはこれ。格闘したまま化石になった恐竜。下側が、肉食恐竜ヴェロキラプトル。上側が、草食恐竜プロトケラトプス。どんな死闘があったのだろう?片方が相手の脚を噛み、片方が相手の腹部に一撃を加えているのか。

格闘化石の草食恐竜プロトケラトプスの再現模型。この恐竜展を見終えて、改めてジュラシック・パークを観たくなったのは私だけではないだろう。(^_^)
先日の但馬学の公開講座で、原田憲一先生より地球の起源、生命の起源の講義を受けた。その直後なので、恐竜が棲息していたジュラ紀、白亜紀など、地球誕生46億年の中のどの辺りかが少し整理されて、恐竜展を鑑賞できたのが良かった。ああ、こんな分野にも興味を持ったら、これまた大変。でも、ロマンいっぱいだ。
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July 04, 2006

(日本・モンゴル民族博物館の外観)
日本・モンゴル民族博物館は、モンゴル民族の文化を理解していく基礎コレクションをはじめとして、モンゴル近代絵画、チベット仏教コレクション、アジアの考古資料、アイヌ民族資料、郷土の文献・民俗資料など、約1万点以上の資料を収集し、収蔵してきました。モンゴル民族資料は、質・量ともに国内有数の資料群で構成されています。
「日本・モンゴル民族博物館」 パンフレットより抜粋

(ゲル、装飾品、食べ物、遊具、楽器などの展示)
開館して、たしか12年になると思う。豊岡市但東町で「なぜ、モンゴル?」と最初は驚いた。1994年当時は、「但馬の祭典」と言う地方博が開催され、各市町にそれぞれ、国際交流、衣食住関連のフェスティバル、スポーツ、文化イベントなどが開催され、温泉施設や博物館なども競うようにオープンした。

(民族衣装)
その後、モンゴル博物館のK館長と出会うことにより、その「なぜ?」は「なるほど、良かった!」に変わった。(^_^) K館長は、もともと「モンゴル大使館」の仕事でウランバートルに滞在。向こうでの生活の合間に、モンゴルの歴史的な遺産、骨董品、衣類、日常品などの民俗資料を、自費で収集された。個人収集家なのだ。その後、帰国され、ご縁あって、豊岡市但東町に移住、町の施設としてモンゴル博物館ができた。この辺りの経緯は、若干ニュアンスが違うかもしれないですが、ともかく、K館長が但馬に来られたのは、素晴らしい出会いであることに違いない。
但東町は、但馬ちりめん(丹後ちりめんの山地と隣接)で有名。絹の織物の産地なのだ。絹=シルク=シルクロード=モンゴル、と言う、ひとつのイメージの結びつきがあったのだろう。私はそのように理解しているが、実際、どうなのだろうか。

(チベット仏教の部屋。仏像、教典、仏具)
モンゴル博物館を、ぜひ訪ねてみて欲しい。山あいの小さな博物館だが、どこかワクワクするものがある。それは、モンゴル文化の持つ魅力も大きいが、博物館全体が生きている、って感じがする。展示を工夫され、地元の伝承文化、民俗資料にも力を入れている。博物館は観るだけでなく、体感し、学習し、理解し、新たな発想を得る場であることを、この日本・モンゴル民族博物館は実現している。K館長の力が大きい。
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May 04, 2006
5月の風が吹き、モミジの新緑が眩しい。今年も友人Bさん宅のBBQにお邪魔した。Bさんは古民家を買い取り、少しずつ手を入れながら、一旦は朽ちかけた家を再生している。ほとんど自力で家のあちこちを直し、仲間の庭士や大工さんと次の再興計画が進んでいる。これはもうB氏のライフワーク。彼の美学なのである。
今年は倉敷から、友人Tさんもお友達家族を連れて駆けつけた。丹後半島からは友人Hさん、いつ会っても気持ちのいい人だ。神戸からはアメリカ人Sさん(西宮在住)は、友人夫婦を連れて、今年も来ている。毎年、ちょっとずつ仲間が増えていく。1年ぶりの再会が嬉しい。 「5月の風と新緑」は、こんな仲間が集まる素晴らしい季節なのだ。
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April 02, 2006

ここは豊岡市・神鍋高原。ところどころに雪を残しながら、山はそれでも着実に春に向かっている。神鍋山から北方向を眺めている。画面中央の山の向こうには日本海が見える。

芽吹き前の木々が美しい。「萌える」と言う言葉ある。植物の芽が出ること、「若葉が萌える」と使う。転じて「気持ちが高まる」という表現にも使う。私はこの時期の山の色が好きだ。山がどこか紫色に染まって見える時期がある。まさに若葉が萌え、私の気持ちはワクワクしてくる。春を待つ思いは、山の木々も私も同じなんだ。

昨年9月に「私の好きな風景 神鍋高原」でアップした風景である。比較してみてください。

写真中央の落葉樹の森は、今は芽吹き前。紫色に染まる直前である。稜線に透けて見える芽吹き前の木々は、まるで丸刈り頭の毛のように見えるから、笑えてくる。新緑の頃、またこの角度で写真を撮ってみよう。
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February 26, 2006

食料買い出しの帰りに、ある用件で友人に携帯電話すると、コウノトリの居場所情報を得たので、ルートを変更して行ってみた。ここは兵庫県豊岡市の郊外。円山川の右岸に広がる「六方田んぼ」である。この画像を良く見ていただきたい。左から1本目と2本目の電柱のテッペンには、それぞれコウノトリがとまって、ジーッとしている。昨年9月に放鳥された5羽のうちの2羽である。そして、もう一つの注目点は、写真右側の堤防。明るい茶色に見える当たりが、一昨年の台風23号で、円山川の堤防決壊個所である。市の80%が水害に見舞われ、大きな被害を受けた。小泉首相が被害状況を視察したのもこの地点である。奇しくも「豊岡市」を全国的に有名にした、コウノトリと台風23号災害が1枚の写真に写っている。

左側の電柱にとまっているコウノトリ。2羽とも風上である北を向いてジッとして動かない。コウノトリ観察隊の人に訊くと朝からずっとこの場所にいるそうだ。(写真は午後2時)

午後2時10分頃、1羽のコウノトリが飛び立つと、数分おいてもう一羽も飛び立ち、2羽とも「コウノトリの郷公園」方向に戻って行った。飛翔するコウノトリの背景の山は、旧・日高町の山並み。私の自宅は中央当たりの山裾にある。ここから約10km南である。

飛び立った後の電柱を観察する。ここに巣を作ろうとしているのか、木の小枝を集めている。よーく見ると、傘のホネもある。これは感電の恐れがあるので除去するそうだ。

電柱の代わりに、営巣用の鉄柱を立てるプロジェクトが進んでいる。写真左側の鉄柱がそれ。まだ、設置して数日目だが、今朝11時過ぎに、初めて1羽のコウノトリがとまったそうだ。

コウノトリの追っかけの人達。コウノトリの郷公園のスタッフの人たち、ボランティアの観察隊。そして新聞記者、地元の野鳥ファン、時には観光客の人たちも、こうして毎日、コウノトリを追いかけて、田んぼのあちこちを右往左往する光景が日常になりつつある。「コウノトリも住める豊岡市」に一歩、一歩、近づいていくことを期待している。
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January 14, 2006

京都造形芸術大学の先生方7名を案内して養父市大屋町に行った。このきっかけは、現在、造形大の学生である友人あてに、造形大の先生方から連絡があり、但馬を案内することになった。友人は、但馬学のメンバーでもあるので、但馬学の有志でお迎えすることになった。先生方は「太陽暦を利用した地域環境デザインの実験的研究」をする会を行なっているそうである。

本日の講師のお話の前に、大屋町大杉地区に残っている「養蚕農家」を見学する。築100年前後経った古い建物の中にも入らせ頂き、見学した。過去の但馬学でも取り上げたテーマだが、雪のシーズンにお邪魔するのは初めてである。内部を見学させていただいた家は、つい4、5年前まで100歳になるおばあちゃんが住んでいらっしゃったそうだ。※画像の家は、見学させていただいた家の近くの家です。

今日の講師は、大屋町の職員の岩見氏。但馬学でも一度お話を聞いたことがある宗教民俗と民間芸能の研究で知られる大森恵子氏が中心となって編集された「大屋町史」と言う本がある。岩見さんは、その「大屋町史」編集時に、役所側のスタッフとして調査に当たられた人だから、大屋町、それぞれ家々の風習や行事に大変詳しい。お正月の行事を中心に大変興味深い話を聞かせていただいた。
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December 29, 2005

ここは兵庫県・豊岡市。友人との食事会をするための新鮮な食材探しに「青空市場」に行った。今年の12月は何十年ぶりかの大雪だ。シケや雪で、新鮮な野菜や海産物が少ないし、値段もいつもより高い。私は滅多に足を運ぶことはないが、特別なパーティをしたり、食事会をする時に、妻と一緒にのぞくことがある。この「青空市場」と道を挟んでとなりにある「公設市場」は、年末年始のお料理の食材を購入する人達で活気がある。「市場」と言うと「輪島の朝市」など、各地には有名な市場ある。私の住んでいる但馬には、山の幸、海の幸がいっぱいあるので、もっともっと地元の産物が新鮮で安く手に入るこの「青空市場」が活発になることを願っている。

ケースに入ったシロイカ。イカの中でも美味しさにかけてはNo.1だと思う。新鮮なシロイカほど、赤いらしい。「ケースで5000円だよ。安くしとくよ!」と魚屋のおじさん。結局通りがかったよその方と半分ずつにする。31匹入っていたので、1匹183円である。(^_^)v

ハマチは1匹900円に。先日漁港で買った時は、700円だったが、シケで少し値が上がっているのか?でも、こんなに新鮮なハマチが1匹丸ごと1000円までで買うことができるなんて最高だ。食事の価値観が変わってくる気がする。

この魚をご存知だろうか。地元ではグベとかドギとか呼ばる深海魚。この魚は実は数年前に但馬学で浜坂に出掛けた時に初めて知った。今こそ流通にのってあちこちで見かけることが多くなったが、10年ぐらい前までは、港の漁師の人達が地元で食するだけであったようだ。鍋物などにして食べる。

ヤマカレイ。

これは生のセコガニ。ズワイガニのメスである。生きている。松葉カニと言えば、立派なオスが引っ張りだこであるが、地元では、茹でたセコガニを食べるのが通なのである。
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December 24, 2005

ここは兵庫県北部・豊岡市。毎年11月6日に解禁される山陰の松葉ガニ漁で漁港は活気付く。。この津居山港は山陰海岸の中でも最上の松葉カニが水揚げされる有数の漁港である。停泊しているのは、松葉かに漁から戻ってきたばかりの40tの底引き網船 である。12月としては大雪が降った休日、思い立って津居山港に行ってみた。ある知人に頼まれて、松葉カニを送る約束になっていたのだが、海のシケが続き、12月に入って漁ができなく、遅れ遅れになっていたので、頼んでいる商店にも立ち寄ってみることにした。

こちらの船は、漁り火を焚いて行なう、イカ漁などの漁船。津居山港は円山川の河口に位置している。円山川上流の山々から流れ出る養分が海に注ぎ込み、津居山の沿岸は豊かな漁場となっている。港から沖合40km辺りにカニの生息域がある。夜に出た漁船が朝には帰港し、早朝には競りに掛けられ、市場にでまわる。だから、津居山に揚がる松葉カニ、魚はとても新鮮。山の恵みが海の恵みをもたらしているのだ。
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November 23, 2005

快晴の休日。車で20分ぐらいのところにある大岡山に車を走らせた。朝7時20分。標高600mある大岡山の8合目ぐらいまでくると、雑木林の間から視界がパッと開けて雲海が見える。あまりにも美しいので思わず車を止めてワン・ショット。

雲海は、川のある谷沿いに発生する。写真左側の雲海の下には、昔、日高町三方地区と呼ばれている集落がある。まだ濃い霧の下にあるので、当然、太陽の光は射していない。

手前から植林した杉。稲刈りを終えた棚田。紅葉を迎えた雑木林。2つの谷が合流する地点にある集落。霧が少しずつ晴れてきている。こんな快晴は宝物だ。次に寒波がやって来ると、山の頂から雪で白くなる。冬は山からやってくる。
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November 20, 2005

これなんだと思いますか?人工雪が吹き出すホースの先っぽ。赤と白のコントラストが印象的。スキーヤーにとって、冬の到来は待ち遠しい。1日でも早く滑りたいらしい。そこで人口雪を製造して、一足早い雪を降らせるのだ。吹き出す「雪」は1cmぐらいのペレット状のもの。

この神鍋高原の「みやの森コース」は1ヶ月ぐらい掛けてゲレンデを作る。人口雪を画像のように溜め、シートを被せ、最後の1週間ぐらいで横に広げてる。ゲレンデは、幅15m、雪の深さは1mぐらいで作られるそうだ。私が小学生・中学生の頃は、毎週末、神鍋にスキーにきたものだ。当時は、雪も多く、一面真っ白。銀世界の中でスキーをしたものだが、作られたコースでスキーはしたことがない。秋の紅葉、日差しの中で初滑りするのも、重い白いのかもしれない。今年のオープンは、11月22日だ。
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November 03, 2005

私の住んでいる豊岡市には、3つのゴルフ場がある。そのうちの一つ、大岡ゴルフ倶楽部の役員・委員会、合同のコンペと会議があった。私も委員を務めさせていただいているので参加した。昨年まではあまりゴルフはしなかったのだが、今年は少し入れ込んでいるので、これまでと気持ちが違う。でも、スコアは一緒で良くない。(-_-)

大岡ゴルフ倶楽部は、標高600メートルのところにある山岳コース。秋には朝の雲海、そして紅葉がとても美しい。ずっと向こうに見えるのが、豊岡市の中心部。左方向に日本海、城崎温泉がある。

自然の起伏を生かしたダイナミックなコース。隣のホールとは広葉樹林で完全にセパレートされていて、次から次に個性的なホールがやってくる。攻略するには、頭脳と技の両方を駆使しなければならない。しかし、山頂近くのコースからの眺めは抜群。眺めているだけで、気分はリフレッシュ。これは16番ホール。松の木の左側の向こうに見える家並みに私の自宅がある。
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October 16, 2005

9月24日に放鳥されて以来3週間が経った。しかし、私自身、放鳥後、「コウノトリの郷公園」を訪ねるのは初めてだ。野に放たれたコウノトリを観ることができるのかな、と期待と不安を抱きながら訊ねてみた。「いる!いる!」稲刈りの後の田んぼで餌をついばんでいるではないか。

放鳥後、観光客や写真愛好家など、たくさんの人が訪ねるようになり、郷公園の周囲が一変したと聞いていた。まさに、晴天に恵まれた日曜日、次から次に車がやってくる。望遠レンズをつけたカメラマンがたくさんコウノトリを観察している。いつもひっそりとしている郷公園なのに、こんな光景をみるとは、驚きだ。

カメラマンが狙っているのは、てっきり田んぼのコウノトリかと思っていたら、なんと営巣用に立てられた鉄柱の上に、2羽いるではないか!いつもゲージの中のコウノトリしか観ていない私としては、この光景だけで大感動!!クラッタリング(クチバシをカタカタカタと鳴らす)の音が鳴り響く。

鉄柱の上のコウノトリを観ながら、周囲を歩いていくと、「いる!いる!」今度は郷公園のスタッフNさんとHさん。そして観察ボランティアの人たち、そしてカメラマンたち。みんな嬉しそうだ。良い笑顔だ。

放鳥された2羽の巣に、野生のコウノトリ(一昨年8月5日に飛来して以来居着いた。名は飛来日にちなんでハチゴロウと言う)が近づく。

2羽の頭上をしばらく停止するように羽ばたいている。彼女(メス)の奪い合いをしているのだろうか?それとも友達になろうよ、と声をかけているだろうか?

2羽への接近をあきらめて、飛び立つハチゴロウ。その飛ぶ姿は本当に美しく優雅だ。5羽の放鳥コウノトリとハチゴロウがこれからどのように生きていくのか、大変に興味がある。
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September 28, 2005

豊岡市・城崎温泉にこんなお洒落で本物の家具屋さんがあるのをご存知であろうか?山陰本線・城崎温泉駅からメインストリートを徒歩で約3分も歩くとこの「家具工房アウゲ」が右側にある。温泉客の方が、たくさん来訪されていると聞く。

上の写真は「古代朱」とネーミングされた飾り棚。材料はケヤキ、クリ、クルミ、桐。金具は銅手打ちスズ仕上げ。草分さんの説明では、「和の様式に新しい解釈を加え、素材の選定から金具の製作にいたるまで、細部にわたり徹底した手仕事を施している」とある。

草分さんの得意の一つは、一枚板のテーブルだ。一枚板のテーブルは根強い人気だろうと私も察する。100年以上かけて育ったケヤキやクリの大木を使用し、自然に、大胆に、頑丈にできた一枚板のテーブルにはロマンがある。

工房をやっているのは草分みのるさん。草分さんは、豊岡市竹野町の出身で神戸で本格的に家具製作を学び、独立して家具をデザイン・製作・販売をしている。但馬には、自然素材を使い、独自のアイデアで創作活動をしているアート系の作家は結構いますが、草分さんは彼らとは一味違う。プロである。草分さんとは以前、私のビジネスとジョイントして何かできないかと相談していたことがある。当時、 「但馬クラフト」と言うブランドでインテリア・雑貨分野にも取り組んでいる時の話である。それはまだ実現していないが、チャンスがあれば是非、何か一緒にビジネスをしてみたい(させていただきたい)草分さんである。それよりも、我が家にも草分さん製作の家具があればなあ、と夢見ています。このような本物の家具職人は但馬のタカラですね。
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September 25, 2005

昨日のコウノトリ野生への放鳥は、第3回目を迎える「コウノトリ未来・国際かいぎ」に合わせて行なわれた。「コウノトリも住める町、豊岡市」を目指して、さまざまな会議が各会場で同時開催された。私はその中の「環境と経済が共鳴するまちづくり」に参加した。理由は単純に、妻が発表者の一人に選ばれたからです。(^_^)これまで豊岡市環境経済戦略策定委員会副委員長をしてたからです。

発表者は3人。あとのお二人は、ドイツからフランツ・アルトさん(ジャーナリスト)、同じくドイツ在住の翻訳家であり環境ジャーナリストの今泉みね子さん。二人からは、ドイツの太陽光発電の取り組み、ゴミ処理、交通システム、クリーン・エネルギー利用に対する行政の資金援助の仕組みなど、大変興味深いお話を聞いた。その後、第2部として、さらに中瀬勲さん(兵庫県立大学教授)、小浦久子さん(大阪大学大学院工学研究科助教授)、小西孝則さん(地元の会社経営者)が加わり、パネルディスカッションが行なわれた。
最後に、会議参加者が全員一同に集まり、今回の会議の世界に向けて発信するメッセージが採択された。それは『人と自然が共生する持続可能な地域づくり』。具体的な市民の取り組みがいよいよ問われる、これからが大切だと、そんな気持ちを強く持った。
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September 24, 2005

私が住んでいる兵庫県豊岡市にとって特別な日だ。40年前からの取り組みであるコウノトリ野生化に向けた放鳥の日である。「放鳥式典」には、秋篠宮ご夫妻、河合隼雄文化庁長官を迎え、県知事、市長などを含め関係者の手から5羽のコウノトリが自然に放たれた。私は、他の会の例会があり、その場には立ち会えたなかったが、その後の「市民交流会」に出席した。交流会には引き続き、増井光子さん(県立コウノトリの郷公園園長)、柳生博さん(日本野鳥の会会長、コウノトリファンクラブ会長)も参加されていたので、お話をしました。挨拶をするのは柳生さん。

今回のコウノトリ放鳥は、実はたくさんの専門家、地元の支援者、それにボランティア活動グループの地道な取り組みがあってのこと。私の友人や知人もたくさん関わっています。その熱心な取り組みを目の当たりに見てきました。それに、今日は海外からもたくさんのお客様が見えました。ドイツ、ロシア、韓国、アメリカ、オランダ。放鳥はゴールでなく、始まりであると思う。この市民の取り組みがやがて世界との交流に広がっていくことを期待しています。
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September 21, 2005

私の住んでいる町、豊岡市日高町で、9月23日〜25日の3日間、「全日本総合女子ソフトボール選手権大会」が行なわれる。この大会は来年予定されている「のじぎく兵庫国体」のリハーサル大会と位置づけられている。神鍋高原にある「但馬ドーム」と「植村直己記念スポーツ公園」など、スポーツ施設が整っているので、ソフトボール全国大会の会場に選ばれたのだと思う。
大会に出場するチームは、すべて全国レベルのチームである。従って、アテネ・オリンピックで活躍したメンバーもたくさんやってくる。手元にある大会プログラムを見ても、宇津木麗華さん、投手の上野 由岐子さん、高山樹里さん、捕手の乾絵美さん、外野手の山田恵里さんなどアテネの日本代表チームの選手がほとんど顔を揃える。
実は、今回の大会の参加記念品に、Hanger Networkのハンガーが選ばれました。開催市の産品として、ご指名を受けました。選手の体格は、スポーツ・ウーマンなので大きめ、さらに使っていただくシーンを考えながら、ハンガーを提案させていただいた。できれば、宇津木さんや代表チームの皆さんにハンガーの感想を聞いてみたいですが、そんなことは無理なんでしょうかね。(^_^)
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September 18, 2005

私の住んでいる豊岡市日高町に、神鍋高原がある。この写真は私の神鍋の原風景である。東京での大学時代、大阪でのサラリーマン時代を終え、24年前に生まれ故郷、日高町に帰って来た。小・中・高校時代の友人はいるにはいるが、みんな何をしているのかわからない。ともかくブラッと神鍋高原をドライブしてみた。「コーヒー」の看板が見えたので立ち寄ったのが、この風景にあるペンションのカフェ。以来、今日までそのペンションのオーナー夫婦とは親しく交流している。

高原でありながら平野がある。奥に連なる山々は、春の芽吹き、新緑、そしてこれからやってくる紅葉がとても美しい。手前の田では、稲穂が垂れている。神鍋高原は収穫の秋を迎えている。
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September 05, 2005

台風14号が日本に上陸しそうだ。そこで豊岡市出石町にある「出石川防災センター」を訪ねてみた。「国土交通省近畿地方整備局豊岡河川国道事務所」の施設である。災害時には、地域住民の避難場所として使用したり、雨量レーダー画像、各地の増水状況をリアルタイムにモニター画面で確認できる。

展示コーナーには、水害の歴史、自然環境、治水に貢献した先人、などがパネルで表示してある。さらに、反対側のコーナーには、この地の弥生時代、古墳時代、奈良、平安時代の埋蔵物が展示されている「いずし古代学習館」がある。

先日、但馬学研究会で生家を訪ねた「砂防の父・赤木正雄博士」の展示もあった。
縄文、弥生時代は豊岡市の多くは海、入り江、沼地だった。古代の古墳の位置からも、治水の神様と呼ばれる先人を輩出したことからも、豊岡がいかに自然(水)と戦ってきたのか理解が深まる。
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September 02, 2005

「立会演説会」に行ってみた。生まれて初めての経験である。今回の衆議院選挙は、「郵政民営化、賛成か?反対か?」を問う選挙だと小泉首相は言っている。私はもともと、「地方分権」「官から民へ」「利権構造の解体」「政権交代可能な政治体制」などに大変強い関心を持ってきた。「郵政民営化は改革の本丸である」と私も同じ考えだ。たとえ賛成票を投じた自民党候補者であっても、実際に自分の考えを自分の言葉で語っているお話を聞いてみたいと思って参加した。

聴衆は年配の方がほとんど。選挙だから、聞きに来てくれている住民の望むことを訴えるのが効果的なのかもしれない。演説の約8割強は、災害復興(昨年の台風23号被災)、高速道路の敷設、中央とのパイプ役、等の話題。「郵政民営化」についてのご意見をもっと聞きたかった私としては、残念であった。
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August 25, 2005

それは、豊岡市の円山川河川敷き。毎年この時期(8月20日前後)のことである。夕暮れが近づく(18時半ごろ)につれて、どこからともなく無数のツバメが河川敷上空に集まってくる。その数は数万羽いることは間違いない。暗くなるに連れ、徐々に群れは降下し、乱高下しながら、ある瞬間(19時ごろ)に一斉に河川敷のヨシ原に降り立つ。これを「ツバメの塒(ねぐら)入り」と言う。最近では、野鳥の会などの主催で、見学会なども行なわれる。全国各地にもあるようだ。

拡大画像を見ていただくと、右半分に見える黒い筋のようなものがツバメである。(見えなくても想像してくださいね。)(^_^) 3月にツバメが日本に渡って来て、子供を生み育て、そしてもう南の国へ帰っていく。季節の巡りは早いものだ。ツバメがねぐらに入った後の暗闇。堤防を吹き抜けていくのはもはや夏の風ではない。秋の気配が忍び寄ってくる。
私が但馬地方の秋の訪れを最初に感じる瞬間である。 「ツバメの塒入り」を観察するのは私の年中行事になっている。
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August 17, 2005

『豊岡盆地で暮らす鳥100+1』 コウノトリ市民研究所
2005 コウノトリ野に帰る
2005年秋、40年の約束が果たされるとき。
人と自然がもう一度寄り添って暮らす希望を乗せ、
コウノトリは再び豊岡の空を舞う。
1965年、コウノトリを捕獲し人工飼育が始まる。
1989年、初めて繁殖に成功する。
2002年、100羽を超える。
2005年、試験放鳥が始まる。
私の住む豊岡市は、かつて日本最後のコウノトリ生息地であった。しかし、昭和40年代に入ってその数は激減し絶滅した。私自身、コウノトリが田んぼで餌をついばみ、空を飛ぶ姿は記憶にない。しかし、自然を愛し、豊かな暮らしとは何か?を考える市民が立ち上がって、コウノトリを野に帰す時が目前に迫った。素晴らしいことだと思う。

放鳥を記念して印刷された冊子である。野鳥の写真はすべてたじまもりさんが撮影しました。私の高校時代からの親友。ぜひ、彼の素晴らしいホームページ「TAJIMANIA Sanctuary」をご覧下さい。たじまもりさんとは共通の趣味が一杯ある。いつも一緒にカヌーで川を下る。パーティではギターやピアノを弾きながら歌う。彼は根っからの自然系。但馬の野鳥写真は彼のライフワークである。ここまでの記録が素晴らしい形で冊子になったと思う。
今ふっと、先週訊ねた「中谷宇吉郎 雪の科学館」を思い出した。たじまもりさんは、自然と科学の眼を持ち、生物の写真を撮り続け、ギターもピアノも弾く。なんと言っても文章が上手い。彼は但馬が生んだ「宇吉郎」だ。たじまもりさんの画像はさらに進化している。これから益々楽しみです。
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July 21, 2005

午後、 「コウノトリの郷公園」を訪ねた。今年の9月24日、野生化に向けて5羽のコウノトリが放鳥される。日本中で大きなニュースとなり、自然系の番組なども組まれることになるでしょう。地元の市民も、ビオトープ作りや河川の清掃行なったり、農家の方達は無農薬の米作りをしたり、市民を巻き込んで努力してきたから実現するその日が近づいてきました。

今日は、ビジネスで豊岡市を訪問した知人を案内して公園に来ました。ビジネスのあと、帰りのフライトまでに少し時間が余ったのでお連れした。その業界では世界シェア№1の外資系企業の日本支社長。直接私とのビジネスの接点はないのですが、日本を、とりわけこの豊岡の良さを知ってもらいたい。急遽、コウノトリの郷公園のI部長にお願いをしてこれまでのコウノトリの経緯を説明をしていただいた。
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June 23, 2005

昨年の台風23号による洪水被害は甚大であった。洪水による被害を防ぐための工事が急ピッチで進む。画像は神鍋高原を源流として円山川に注ぎこむ稲葉川(豊岡市日高町)。円山川(一級河川)の管轄は国交省だが、この稲葉川(支流)の管轄は兵庫県。水害対策の根本的対策はまだ計画がまとまっていない。

堤防の暫定的な嵩上げ計画はあるものの、まずは川底に溜まった土砂を取り除く工事が行なわれている。川の体積を大きくして、川が堤防を越さないようにする試みである。大変な作業ではあるが、かなりの効果があるように見える。果たして実際はどうなんだろう。空梅雨が続いているが、その分、秋の台風に降雨が集中することがないように祈る気持ちだ。
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May 05, 2005
スタート地点は自宅裏の河原。日高町江原から豊岡市今森まで約12kmを下る。メンバーは友人たちと総勢7人。事前に2台の車をゴール地点に移動し、昼の食材を買出し。準備に2時間。やっと出発だ。
昨年の台風23号でえぐられた河原。この堤防の向こうに自宅がある。今後の防災計画に注目だ。
円山川から見た日高町商工会館。この建物の窓から見る円山川の景色は美しい。必見である。23号ではこの天然の堤防(神鍋溶岩)の上に建った人口の堤防をもうすぐ越すところまで増水した。
日高から出石に向かう国道に架かった鶴岡橋。私が幼稚園の頃、父に自転車の乗り方を教わったのがこの橋の上。道の大部分は、当時、砂利道であったから、身近な舗装された場所だったのだろう。
23号でやられた鶴岡橋下流の堤防。頑強に見えるコンクリートの防波堤も、自然のエネルギーには太刀打ちできない。
通り過ぎてから振り返って見た上ノ郷橋。私の大好きな景色。左手は冒険家・植村直己さんが生まれ育った集落。正面は日高町最高峰の蘇武岳。右寄りに大岡山が見える。
豊岡中郷右岸の堤防工事。クレーンが天を突く。この10年間で円山川改修工事に900億円が投入される。
円山川(右側)と出石川(左側)の合流点。川の流れはゆっくりとなり、カヌーをしている我々にはアゲンストの風が強くなってくる。
いよいよゴール間近。国道312号から豊岡中心部に入る交差点の信号。川を下るカヌーのスピードと堤防の上を行きかう車のそれとの対比は、とても面白い。
キウィ2(二人乗り)が2艇。そしてサイクロン、トーネード、ダンサーの一人乗りが3艇。すべての艇が無事に豊岡市今森の河原に到着する。近くでオオヨシキリが騒がしく啼く。なぜかスズメが群をなして私たちを囲む。今日もいっぱい野鳥が観察できた。
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May 04, 2005

但馬地方には、「古い民家」がいくつか残っている。かつてのその地域の地主、庄屋、有力者であった人達が住んでいた。そして、第2次大戦後の日本社会構造の変化の中で、消え去ろうとしている。致し方ないことなのかもしれないが、とても残念なことでもある。

数年前、私の友人Bさんは、100年近く経った「古い民家」を購入した。Bさんの努力(これは彼の楽しみなのですが)により、古い民家に新たな命が与えられた。春のこの時期に「園遊会」(と、彼は呼ぶ)を開いて招待してくれる。Bさんは世界のトップレーサーからオファーが掛かるオートバイ・パーツ製作の第一人者。彼が始めてアメリカに渡った29年前の飛行機の中。当時、英語もろくに話せなかったBさんの隣に座り合わせたアメリカ人のS氏と初めてお会いする。「あの時の、若者が今こうして」と感慨深そうであった。

話が弾み、日も暮れる。今年新たに、整備されたのが「お風呂」。そのつもりではなかったが、気持ちの良い気候と美しい庭に誘われて、一浴びさせてもらう。お湯に浸かりながらS氏の言葉を復唱する。「古いものこそ、大切にしなければならない」
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April 17, 2005

それぞれにとって「日本一の桜」があると思う。私にとっては、この清滝小学校の桜だ。私の住む町にある神鍋山の入り口。私が住んでいる山陰線江原駅前と比べて、海抜の高い所の桜は遅れて咲く。戦前戦後の清滝村から日高町に、そして平成の合併で豊岡市へ。人の世は変われど清滝の桜はずっと咲き続けている。

私はこの小学校の卒業生ではないが、いろんな思い出が詰まっている。私の小学生時代は、ここがスキー場行きのバスの終点。ここから1時間以上スキーを担いでスキー場に登って行った。(今ならあり得ない)。家族や友人とお弁当持って桜見をした場所。地元の人達は満開の桜を観賞するために集まる。夜桜もまた良い。
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April 01, 2005

日高町は町制50周年記念誌として『ひだか辞典』 (愛するふるさと ひだかの宝)を発刊しました。と、同時に本日、2005年(平成17年)4月1日より「豊岡市」となる。新・豊岡市は、豊岡市・日高町・城崎町・竹野町・出石町・但東町の1市5町が合併し、兵庫県北部(但馬地方)の中心都市となります。

『ひだか辞典』は、町の歴史、自然、民俗、生活、産業などが記述されています。 「商工業」のコーナーに私の会社「中田工芸」も紹介していただきました。そう言えば、私の会社も来年は創業60年。なんか歴史の重みを感じる1日となりました。
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March 27, 2005

但馬南部の朝来町にある『あさご芸術の森美術館』を訪ねた。美術館は朝来町で生まれた彫刻家・淀井敏夫氏の作品を展示する記念館でもある。この4月1日に周囲の町と合併して「朝来市」となるのを祝して開催されている「町から市へ Discover ASAGO展」を観るのが目的でした。
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