November 28, 2008

『ハンガーのショールーム「NAKATA HANGER」は、地下鉄「青山一丁目」駅を降りて、すぐ上の1階にあります。』と、説明する。実際に、改札をでると、外に出ることなく、そのまま一つ上の階に上がってもらうとすぐである。
「青山一丁目」駅は、銀座線、半蔵門線、大江戸線と3本の地下鉄が交差し、東京のほとんどところへ、直通、あるいはたった1度の乗り換えで行くことができる。本当に便利な場所である。

「南青山方面」の改札出口を出たところにビルの案内板がある。ただ、ちょっとややこしいのが改札を出てから、どのルートで1階へ行くのか?である。そして、「1階」にも二通りあって、青山通りに面している新青山ビルの外面「1階」と、ビルの中にあるフロアの「1階」がある。階段にして20段ほどレベルも異なる。

ハンガーのショールーム「NAKATA HANGER」は、西館(黄色部)の中央辺りにあります。西館1階のビル内フロアにある。どの階段、エスカレータに乗っていただいても、間違いなくご来店いただけますが、一番、分かりやすいのは、改札を出て、エレベータ(改札とちょうど反対側にあります。左右どちらから行ってもOK)に乗り、すぐ上の1階で降りたところに「NAKATA HANGER」があります。
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July 13, 2008

今日は私のブログについて書きます。2005年3月1日に始めて、今日まで毎日書き続けて、今日が1231日目となる。別に、毎日書き続けることが目的でスタートした訳ではないけれど、毎日書く習慣をつけないと書かないのでは、との自分に対する叱咤激励でもあった。でも、今日までよくも毎日書いてきたものだと、自分でも感心する。

「書く毎日の話題」はたくさんあるが、仕事と移動で「書く毎日の時間」に制約が大きくなってきた。ここで少しペースを変えてみることにします。
趣味(音楽、読書など)、地域(但馬地方)、そして何と言ってもハンガーのこと!そもそもハンガーの話題を気楽にコミュニケーションするために始めたのがこのブログ。原点回帰で行こう!(笑)
【KOH's VIEW】は好奇心の赴くまま続行します。ちょっとペースを変えながら。
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June 21, 2008

父の七回忌の法事を行なった。この6年間も(いつもそうなんですが)、立ち止まって思い出す暇もないまま、アッと言う間に過ぎ気がする。月日の経つのは速いものだとつくづく思う。
思えば、6年前には愛犬を連れて毎朝散歩をするのが日課であった。「その日」もいつものように、円山川の堤防沿いを散歩。梅雨の合間の薄曇りの湿度の高い朝であった。円山川の向こう側の裏山から「キュルルルルゥー」「キュルルルルゥー」と普段は聴くことのない鳥の鳴き声が聴こえる。アカショウビンだ。(私は野鳥好きの友人から。その鳴き声の主は誰なのか教えてもらって知っていた)
霧のうっすらとかかった山から「キュルルルルゥー」「キュルルルルゥー」っと、その鳴き声が少しずつ遠ざかっていく。聴こえなくなったその時、少し湿り気を含んだ風が「ヒューッ」と私の脇を吹き抜けていった。ふと「ひょっとしたら、今日かも」との思いがよぎった。
その日の夕方、家族が見守る中、父は安らかに逝った。

そして法事。仏壇に手を合わせ、お墓に参ろうと玄関の戸を開けると、取っ手のところに黒い虫が。最初は何も考えず、ドアを閉めて、出掛けようとした。歩き始めてふと、「どうも、あれはホタルでは?」と思い、玄関に戻り、玄関の中に入れて照明をつけてよーく見るとやはり「ホタル」に違いない。
それでも、ここ30年近く、私の自宅やその周辺で「ホタル」を観たことはないし、いると言う話も聞いたこがない。なのにどうして?

照明を消してしばらくジッと観察。お尻から光が見える。やはり、間違いなくホタルだ。この日だけは、父がホタルになって帰って来たのかもしれない。「おい、帰ったぞ!玄関の鍵を開けんかいな」なんて言ってたのかも知れない。(笑)
お墓に参り、お寺さんから帰って来た時には、ホタルの姿は消えていた。
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March 17, 2008

第2次行政改革委員会があった。第1次に引き続き、私は豊岡市行政改革の委員を務めている。
前回(2007年12月)の行革報告にも書きましたが、社会情勢の変化は無視できない。政治も経済も刻々と変化し不確実でありながら、少子高齢化だけは確実にやって来る。
行革委員として何ができるのか? 行革の実行役(担い手)は誰なのか? 公務員だけの問題なのか? 市民が関わらなくて良いのか?
考えれば考えるほど、難しい仕事だ。

「ギョーカク」。この言葉から連想するのは、「カット、カット、カット」か?予算カット、人員カット、行事中止、など。でも、そうではないだろう。
「行革」は「行政の改革」なのだから、カットだけではないはずだ。「改革」なんだから、ビジョン、理念、戦略の見直し、構造改革、意識改革、なども合わせて重要であろう。しかし、具体策の欠けた「改革」は、ややもすると、評価のしようのない、自己満足的な議論に終始するリスクもある。
今回のミーティングで、行革の目的、目標は何か?との問いに対して、例えば「豊岡市が第2の夕張市にならないようにする」と言う表現が出たが、これなど、現実を直視し、具体的な事例を視野に入れることにより、より現実味を帯びてくる。
やはり、「ギョーカク」と「改革」のどちらもが必要であり、それがどう絡み合ったら良いのかを示すのが、私達の役目なのだろう。
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March 01, 2008

今日は「ブログ記念日」。2005年3月1日に書き始めて丸3年が経ちました。つまり、3年間毎日書いて、この書き込みが(365+365+366)+1=1097篇目の記事となる。
小さい頃日記をつけようとしたことが何度かあるが、いつも1ヶ月と持たなかったと言う記憶がある。それからしてこのブログは、よくもここまで毎日続けられたと思う。

iMacとNotebookにご苦労さん!
これからもよろしく!
ブログを書き続けている心境は2年前の「ブログ記念日」の書き込みと今とほとんど変わらない。
第1篇、スタートの文章「KOH's VIEW」は、さすがに文章が緊張している。(^_^)
自分の書き込みを改めて読んでみるのも興味深いもんだ。「何が変わり」「何が変わらないのか」「どう変わったのか」が面白い。
読んでいただいている方、TB、コメントいただいた方、ささやかに乾杯!(^_^)/(チン!)
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January 01, 2008

あけましておめでとうございます。
今年も"KOH's VIEW"をよろしくお願いします。
年末からやってきていた寒波で、やっとわが家の庭も雪化粧となった。但馬のお正月には、やはり雪がよく似合う。落ち着いた空気が元旦の気持ちと合わさり、心地よい。

御酒で乾杯をし、雑煮をいただく。年末に家族や友人やみんなでついたお餅。だから格別の味。妻が年末に料理したお節をいただいた後、お茶にする。
お茶をいただきながら、今年はどんな年になるのだろう?と考えてみる。仕事は多忙を極めた昨年と同様の状況ではあるが、今年は自分なりのしっかりとしたペースを意識しながらやって行こうと思う。
静かに降る雪を眺めながら、2008年がそろりと始まった
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December 19, 2007
「小さな建築」(富田玲子・著)に、「人も風も光も木も鳥もいらっしゃい」として紹介していただいている。
あれから15年。ずっと昔のような気もするが、建築中の一コマ・一コマをほとんど全て記憶している。その思い出は、私の宝物。
象設計集団の建築設計は「協働」である。富田さんだけでなく、樋口さん、町山さん、マークとマンディ、そして多くの象設計集団のメンバー全員が何らかの形で設計に係わる。もっと言えば、建築施工会社も大工さんも左官屋さんも、そして私も家族も全員が「協働」してできたのがわが家である。
完成後も、象設計集団とのお付き合いは続く。土壁を塗っていただいた左官の久住章さんから「象に設計を頼んだら孫の代まで」と言われたが、まさに、それが本当になりそうだ。富田さんの「小さい建築」から、また新たな出会いが始まる予感がする。
興味ある方は、沖縄、九州、広島、但馬地方、北陸地方、東京周辺、北海道、さらに、台湾へも象設計集団の建築を訪ねる旅をするのもお奨めしたい。
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December 18, 2007
『「小さな建築」とは、寸法が小さい建築ということではありません。私たちが持って生まれた五感が、その中でのびのび働く建築、あるいは私たちの心身にフィットする建築、それとも人間が小さな点になってしまったような孤立感や不安感を感じさせない建築のことだと言えばいいのでしょうか。』(p6)
『歩けること、見えること、聞こえること、風と光が入ること、木よりも建築が低いこと・・・。当たり前のことを守れば、「小さな建築」が、そして気持ちのいい場所や街ができそうです。』(p12)
『小さな建築』 富田玲子・著
(「小さな建築とは」より)
建築家・富田玲子さんの本が出版された。象設計集団の創設メンバーである。富田さんの生い立ち、建築家志望の動機、学生時代に丹下健三(東大)と吉阪隆正(早稲田大学)の二人の建築家に師事した頃、そして象設計集団として建築家としての活動が語られる。
富田さんと知り合って20年になる。それは、私の自宅の設計を象設計集団に依頼をしたのが始まり。富田さんの建築に対する情熱と愛情を肌で実感している。もちろん、「思い」だけではない。その頭脳と感性、理論と感覚、行動力と思慮深さ、どれも一流の建築家である。さらにもっと素敵なのは、その「凄さ」を表に出さない謙虚で穏やかなお人柄。一流の証だと私は思っている。
象設計集団に自宅の設計を依頼したのが1987年。自宅の設計期間中には、何十回もお会いして、一緒に地域を調査し、議論し、食事をし、お酒を飲みながらいろんなお話をした。断片的にお話をお聞きしていたことが、この本によって、建築家・富田さんとして鮮やかに浮かび上る。
テーマは、教育(学校建築)、老いと住まい、公共建築に対する考察、家族の変化と建築、街と家、協働設計のススメ、など、興味深いテーマばかり。富田さんの体験と作品を通じて、私も「小さな建築」を、改めて考えてみたい。
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December 05, 2007

2006(平成18)年3月で一旦終了した、「豊岡市行政改革委員会」が再び始まった。行革スタート(第1期)から参画させていただき、今日からが言わば第2期のスタート。
委員は、第1期と同じ11名。3名が新しいメンバーに入れ替わった。委員長と副委員長は、1期との繋がりが重要なので、留任していただいた。すなわち、委員長は、石原俊彦氏(関西学院大学大学院経営戦略研究科教授、公認会計士)である。全国各地の地方自治体の行革を指導し、高い評価を得ていらっしゃる。
前回は小泉内閣の時代であり、国挙げての「改革」が進んだ。しかし、現在はその結果(?)として、「格差問題」が取りざたされている時代。国も地方も視点が変化している。
第2期もしっかりと議論して行きたい。

まず、第1期の行革の目玉である、「補助金の見直し」の効果がどうであったか、平成18年度の決算から検証する。行革初年度の削減実施計画4600万円に対して、8100万円の削減実績。全体として、約8億の削減が実現した。
これをどう評価するのか? 第2期の活動の中で認識して行きたい。
また、第2期の重点項目は、「第三セクターのあり方指針」と「事務事業評価の導入」でいくことを確認して第1回目(通算で13回目)の委員会が終了した。
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September 09, 2007

私はiPodの愛用者であることは、これまでにも書いてきましたが、それはもちろん「寝るときも起きるときも」なのです。これはベッドの横のiPod専用スピーカー。毎日、朝晩に 必ずon状態になる。
商品名は 「iHome」。銀座のアップル・ショップで購入した。iPod関連のアイテムは、どれもシンプルなのが良い。保証書とほんのちょっとした説明文がある程度で、分厚い取扱説明書などない。どれも、直感的に使用できるように、デザイン、表示されている。アップル製品の特徴であり、とても気に入っているところである。

私のiPodの"Playlists"には、jazz (sleeping music) と rock(wake up music) がある。もっとたくさんあるが、ともかく、寝るときはJazz、起きるときはRockなのです。(^_^)v
これをまた編集するのが、楽しいんですよね〜。その日の気分で毎日、とはいきませんが、定期的に順番を入れ替えたり、新しい曲を加えたり、時にはshufle にしたり。
今晩の気持ちは、シットリ系のボーカルだったり、ビル・エバンスのピアノだったり。朝起きのミュージックは、翌日の予定が仕事で決断の時は、Queenの "We are the Champions"だったり。(笑)
こういうのが出来ちゃうのがiPodなんですよね。私とiPodは、そういう付き合いなんです。(^_^)
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August 03, 2007

田中銀之助=【音楽教育者・作曲家。1880(明治13)〜1947(昭和22)年】
これは神戸新聞(2001年2月14日)の「ひと萌ゆる」と言う記事である。、後に「ひと萌ゆる~知られざる近代兵庫県の先覚者たち」と言うタイトルで出版された連載記事である。
先月の「東京・青山ショール−ム」のレセプションに私の叔父S氏が来てくれた。S氏は、血縁にあたる明治の作曲家・田中銀之助について詳しく調べ、資料を持っておられる。私も田中銀之助に興味があるので、予てから、資料を見せていただいたり、お話を聞かせて欲しいと依頼していた。

銀之助は1880(明治13)年、養父郡大蔵村高田(現朝来市和田山町高田)の雑貨商「やまとや」の長男として誕生した。山陰と京都を結ぶ国道9号は当時から重要な街道で、高田は街道沿いの物流拠点としてにぎわっていた。「やまとや」は食料や衣類、家具など幅広い品々を扱い、倉庫を3つ持っていた。ちなみに、隣家の職はタクシー業。鉱山労働者を抱えるなど人工が多く、活気に満ちていた当時の但馬南部の”ハイカラさ”がうかがえる。
「やまとや」は、私の母の実家でもある。
叔父S氏は、大の音楽好き。叔父である銀之助に一番影響受けた身内の一人だろう。記事に寄るとそのS氏が出征する際、「この戦争は負ける。生きて帰ってこい」と説いたそうだ。銀之助の人となりがうかがわれる。そして、叔父S氏は、ロシア戦線で戦い、多くの仲間を失った。
85歳を超え、耳が少し遠くなった叔父S氏。もう少し詳しく、銀之助の事、戦争の事、音楽の事、などお聞きする時間を持ちたい。
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July 14, 2007

慶応義塾大学教授、前・総務大臣の竹中平蔵さんの講演会に参加した。これはグロービス建学15周年記念のトップセミナーとして行なわれた。最初に、竹中氏による講演、テーマは「なぜ変革を実現できたのか」。その後、グロービス大学院の堀義人学長が登壇し、対談形式でお話が続く。最後は、会場から質疑応答、大阪校、名古屋校も中継で繋がっている。
堀さんとは、先日の「あすか会議」でご一緒し、前日の「青山・ハンガー・ショールーム」のレセプションにも家族で来ていただいたので、なにかとお話が身近に感じられる。堀さんも、経済人として、一個人として、政治とどう関わったら良いのか、いつもいろんなところで発言されている。
そんな問題意識の高い堀さんと、小泉内閣の中枢にいた竹中氏の論理明快な問答対談は、とても内容の濃い、判りやすい内容であった。時間がアッと言う間に経ってしまった。

やはり、現時点で竹中さんと言えば、小泉内閣の閣僚として日本の構造改革、不良債権処理、郵政民営化など、大改革を遂行した中心人物。その竹中さんが「なぜ変革ができたか」を語るのだから、とても説得力のあるお話であった。全てを書くわけにはいきませんが、そのエッセンスを記しておきたい。
◉小泉首相のリーダーとして卓越しているところは、「パッション」(ぶれない志)「関係者と直接対話する能力」
◉「戦略は細部に宿る」 結果を出すためには、枠組み、時間軸、組織、権限を駆使する。
◉「世界を知る」 日本は素晴らしい国だ、しかし、海外から学ぶことはさらに大切である。
◉「大切なことは、良い友達を持つこと」 選んで行くプロセスが付き合い。話す価値(時間共有する)のある友達を求める努力をする。
◉ Japan as a global playerとして大切なことは、「個人の力量」。ペースをこちらに引き込み、存在感を出すには、(コンファレンスなどでは)、一番最初に発言する、一番前に座ること。印象を与えないと存在しないのと同じことになってしまう。
◉「志」があれば仲間は集まってくる
◉これからのリーダーは、構想力(自分の頭で考える)、語る能力(説得する)、組織を作って活用する力が大切である。
これまで、何度か竹中氏のお話をお聴きしたことがあるが、大臣経験後の竹中氏は、一言一言に、体験に裏打ちされた説得力が増した気がした。
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July 10, 2007
2日目は分科会「企業理念を読み返してみよう、社員も経営者も」と言うセッションに参加。西濃運輸(株)の田口社長、YONEDAオフィスの米田代表、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンの澤田代表の3人のお話を聞く。
経営理念とは、「経=心理、営=いとなむ、理=ものごとの摂理、念=思い」であり、「何のために経営をしているのか」はつまり、「何のために生きているのか」である。大変重要なものである。
3人のパネラーそれぞれの、経営者としての苦しい時を振り返りながら、真摯な話が続く。バブル崩壊後の経営立て直し、事故で人命を奪った時の辛さ、仕事の壁にぶち当たり、それを克服した苦労などの話がでる。「あるがままを受け入れる時に、見えて来るものがある」。多いに共感するお話であった。
最後に渋沢栄一の次の言葉を噛み締めたい。
◉成功は、
「情熱を持って何かに打ち込む人生を送ること」
「独創的な仕事をし、その影響が長期に渡って続くこと」
「決して、名声、富、権力を得るものではない」
最後のセッションは「内なる変革、外からの変革」。(株)カネボウ化粧品の知識社長、(株)エーエム・ピーエム・ジャパンの相澤社長、グロービス経営大学院の田崎氏によるもの。
「内なる変革」代表として知識社長は、「しがらみがなく(若い)、社内で一つの事業を立ち上げ(実績)、キャリアは傍流(異なる視点)」が評価され社長になったのではないかと自己分析をされていたが、大いに納得。
「外からの変革」代表者として中澤社長は、「客観性を保ち、損得勘定なしで信頼関係を築くことが大切。ターンアラウンドには、スピード感が大切。ウミ出し、問題・課題の整理、戦略策定を急げ」と。
アッと言う間の2日間であった。素晴らしい仲間とビジネスの最前線で活躍している講師、そして交流会。あすか会議のフラッグに各人の未来へのメッセージを書き込む。今回のイベントを担当した実行委員(グロービスの学生有志)に対して感謝の拍手がなかなか鳴り止まない。最後に「来年もあすか会議で会いましょう」と気勢を上げて閉幕。
新たなやる気と新たな自分への課題を発見した2日間であった。
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July 09, 2007
あすか会議は、「ビジネスの創造」をテーマに始まった。最初のセッションでは、(株)エムアウトの田口弘社長(元・ミスミ社長)、(株)星野リゾートの星野佳路社長のパネルディスカッションで始まった。進行はグロービスの仮屋薗氏。
お二人の発言で印象に残った言葉の一部をご紹介します。
○星野氏
自分は「心配性」である、とことわった上で、「業績が良い時は何故良いのか?悪い時は何故悪いのか?」が判る仕組みを作っておきたい。
「多様化する社会。だからセグメントが大切。誰がお客様なのか?ターゲットを決める。」
「正しい経営はない。何事も徹することが経営。徹すれば悪いものも良くなる。」
○田口氏
「顧客は何を求めているのか?」 顧客ニーズの把握から出発。
決断力を促す基準を持て。私(田口氏)は、マーケット・アウト(ドラッカー)と言う軸を決め、決断をした。つまり、消費者側の論理で。
◉両者に共通したのが、「持たざる経営」
星野氏は、土地・建物と言う資産を持たないで、リゾート運営の達人を目指し、田口氏は、「持つとこちらの都合が出てくる。顧客のニーズで絶えず変化し、持たない方がスピーディに対応できる。
刺激的且つ、有意義なお話ばかり。経営について改めて、考える視点を一杯いただいたセッションであった。
分科会では、「日本人が世界で戦うために必要なもの」と言うセッションに参加した。「戦う」とは、もちろんビジネスの世界で。壇上には日本GE、住友スリーエム、コラーキャピタル(英国の投資会社)、(株)リヴァンプで活躍されているパネリストたち。文化・言語の違いと言うストレスをどのように克服したのか? 日本の強みと弱みは何か?など、各人の経験を通じたお話を聞く。
「一般的に自己主張が下手な日本人と言われるが、逆にそう言う『人の話を好く聞く日本人』こそがみんな(各国)の意見のまとめ役ができると言う強みでもある。」
「何のために仕事をしているのか?」「お金のためだけではなく、その先あるものは何なのか?」など、深く考えさせられるセッションであった。
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July 08, 2007
ここはリゾナーレ(山梨県北杜市小淵沢町)。昨年に引き続き「あすか会議」に参加するために来た。初回は、第1回は奈良市で、第2回はリゾナーレで、そして3回目の今年もリゾナーレで開催された。
「あすか会議」は、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)が主催するビジネスを中心としたカンファレンスである。目的は、経営知を得、人間力を高め、交流を深めること。経営について、経済・社会について、そして人生について語り合う。
セッションの内容については、後ほどご紹介するとして、まずは1日目夕食会の前に行なわれたオプショナル・イベントについてご報告。リゾナーレは、星野佳路社長が率いる(株)星野リゾートが経営するリゾート・ホテルである。リゾート施設再生事業のシンボルでもある。
昨年は、参加者が多く抽選モレして参加できなかったエコ・ツアーに参加。星野リゾートの環境プロジェクトチーム「ZERO」のスタッフが、「ZERO畑」を案内してくれる。リゾナーレの周囲は雑木林に囲まれている。植物や小動物の名前や特長の説明を受けながら畑に向かう。
スタッフの方から、生ゴミを堆肥にする取り組みについて学ぶ。リゾナーレから出る生ゴミを肥料として畑に施し、できた野菜が、また食材の一部として食する。そのサイクルを実際に体験できる。
「音楽の森ホール」で夕食会が行なわれる。その年に活躍した人、分科会のプレゼンテーション、その合間に名刺交換をしながら、参加者同士の交流が始まる。120名で始まったこのあすか会議も今年は300名近い参加者。夕食会の最後に「グロービスのうた」が飛び出し、熱気も最高潮に達する。GMS大阪校のメンバーが作ったオリジナル。なんともGMSのメンバーは多士済々。グロービスに学び、参集する素晴らしい仲間達である。
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May 23, 2007

今日は「協同組合 お弁当こうのとりの里」の40回目の総会であった。昨年まで「日高町給食センター」と言う社名で、兵庫県北部をカバーする給食センターとして役割を担ってきた。
今年は、2名の役員の退任と、2名の新しい役員の推薦があり、満場一致で承認された。

兵庫県北部の給食供給数はNo.1。清潔・安全・手作り・栄養バランス・新鮮・地産地消を基本方針として地域の企業、福祉施設、個人営業の商店などを中心としてデリバリーしている。
お陰さまで、食べることの基本である「美味しい」の評判をいただき、「安全」「健康」にも気配りをしている。今後の、地域食文化のニーズの変化にも敏感であり、柔軟に対応していく予定です。ご関心のある方は、どうぞ気軽に連絡ください。
(協)お弁当こうのとりの里
〒669-5302
兵庫県豊岡市日高町岩中120-2
tel : 0796-42-0260
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March 16, 2007
工場には5つの棟がある。レベル(地面の高さ)の一番高い棟から順番に、川から引っ張ってきたホースの水を流す。いよいよブラシを使って、床の泥を流す作業を始める。1日1棟ずつ洗い流すが、一旦綺麗になったと思った床も、乾いてくるとまだまだ真っ白。泥はそう簡単には除去できない。高い位置の棟から下の棟へ。毎日、毎日、何度も、何度も繰り返す。
やっと工場の一番レベルの低い「工場入り口」のところまで泥の除去作業が進んだ。ここまで来るのに、もう既に被災後1ヶ月以上がたっている。師走(12月)がもうすぐやって来ようとしている。「さあ、もう少しだ!」と掛け声を掛け合う。
社員全員が頑張ったからここまで来れたと思う。この間、社員の表情がとても明るかったのが印象に残っている。災害に遭遇したことで、社員の団結力が増した。その後の会社の復興を考えても、この時の、窮地をみんなの力で乗り越えた団結力は会社の大きな財産になった。
全ての木工機械は、お世話になっている木工機械会社に一旦引き取ってもらい、修理とチューニングを行なった。ちなみに、体育館ぐらいの大きな倉庫を借りて機械を一時保管したと聞く。機械の修理に約2ヶ月。「年末までにラインの復旧を」が合い言葉だ。
年末ギリギリに、なんとかハンガーの生産ができる一通りの機械が復旧した。しかし、今度は、ここまでこぎ着けることが本当に出来たのかと、信じられない気持ちであった。機械のない工場は廃墟と一緒。一式並んだ生産ラインを見て、心の中に込み上げて来るものを感じた。
災害を乗り越えた原動力は、なんと言っても一緒に頑張った社員である。
災害直後の、電気もない、トイレも使えない、コンビニで買ってきたオニギリを食べながら、それでも冗談を言いながら、一緒に復旧に当たった社員。普段の仕事を通じてだけでは得られない深い信頼感を感じた。
また、浸水直後の朝、どこから手を付けて良いのか判らず途方に暮れていた時に、駆けつけてくれたKさんや但馬学の仲間のSさんに改めて感謝します。その時にもらった勇気がなければ、このような復旧は不可能だったと思います。ありがとうございました。
台風23号が襲来したのは10月20日夜。この画像は翌日の21日の稲葉川である。工場の少し上流当たりの堤防が決壊しかけている。ただし、結局は、この堤防の高さを1m以上超えて増水していることになる。
その後、この豊岡市日高町岩中地区は台風23号の激特事業(河川激甚災害対策特別緊急事業)の対象地域に指定され、円山川と稲葉川の改修工事が始まった。
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March 15, 2007
わが社は木製ハンガーの製造を行なっている。手作りの味を活かしながら、1本1本丁寧に生産している。社員みんなで造ったハンガーが惨めにも泥の中に埋まっている。工場の悲惨な状況にも打ちひしがれながらも、この泥の中のハンガーを見た時。「負けるもんか」と腹が決まった。
台風の翌日からは晴天が続いた。空だけを見れば、洪水の被害が全く信じられない。しかし、足下を見ると、まぎれもない現実に引き戻される。工場内、倉庫内にあったハンガーの製品と仕掛品、合わせて10万本以上が水と泥に浸かってゴミとなってしまった。
構内の泥の大まかな除去に約2週間。当然ながら、機械も全滅。工場の生産は完全にストップしている。泥との格闘は第2段階に入る。今度は、氾濫した稲葉川の水をポンプで汲み上げて、工場を水洗いするのだ。
これがまた大変な作業である。稲葉川は皮肉にも、その後の好天続きでどんどん水が少なくなる。工場内に引いてくるホースがどんどん長くなる。しかし、全ては道具である。この土木工事用の自家発電機もホースもS氏のもの。感謝、感謝である。
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March 14, 2007
工場の2階から構内を眺める。屋根の下に駐車していた自動車は水に流されて移動している。よく見ると車の屋根にも泥が溜まっている。沈没していたのだ。稲葉川の下流域に位置するので、水が引いた後には、膝の上ぐらいまである泥が構内を埋め尽くしている。その後、泥との「途方もない格闘」が待ち受けていた。
やがて、徐々に社員が出社してきてくれた。自宅が浸水したり、道路が寸断されたりで、出社して来れない社員も多数。豊岡市全域で大被害が発生しているのだ。「何をすれば良いのか?」「何から始めなければならないのか?」「何ができるのか?」全く判らないまま、とりあえず社員はスコップで泥を工場の外方向へ掻き出す作業を始める。
最初に駆けつけてくれたのが、自宅、工場回りの庭木の面倒を見ていただいている植木屋のKさん。自前の機械、車、フォークリフトなど全ての動力系は水没により動かない。お借りしたトラックと小型のユンボで少しずつ泥の除去作業が動き出すが、こんなレベルで片付くような泥の量ではない。
その朝、私は助けを求めて方々に携帯電話をした。役所は、連絡がつかなかったり、災害の担当部署がはっきりしないので、明快な返事がもらえない。普段工場のメンテナンスを依頼している工務店は、そこ自体が大被害を受けて機能していない。近隣の業者は、知人ではあるがどこも、そこ自身が被災して動けない。 そんな中で、この但馬学の仲間であるS氏に連絡が取れた。S氏は「事態の深刻さ」を察知してくれて素早い救援体制をとってくれた。その日の仕事をキャンセルし、重機を持ち込み、自ら泥の除去作業に当たっていただいた。まさに「百人力の助け」とはこのことか。S氏によって、私は勇気を取り戻した。責任者(経緯者)である私がしっかりしないといけないのだ。災害直後の、冷静さを取り戻すことの大切さを学ぶ。そして、その冷静さを取り戻すのに、友人や仲間の有り難さ、大切さを改めて認識した。その後、思い出すたびに感謝の気持ちで一杯である。
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March 13, 2007
※ある冊子への原稿依頼を受けて書いた体験レポートです。
2004年10月21日午前7時。私は豊岡市日高町岩中地区にある「岩中工場」に自動車で向かった。昨晩(10月20日)の大雨による増水で工場が浸水した可能性があったからだ。「可能性」と思ったのは、周囲の状況を把握すると「浸水した」のは間違いないのだが、心のどこかに「信じられない」「信じたくない」と言う気持ちが強かったのだろう。岩中工場の手前30mぐらいのところで、道路は泥の堆積でこれ以上、車で進めない。
車を降りて歩いて工場敷地内に入る。まずは一番手前の事務所から。「なんだデスクもパソコンもそのままだ」「誰かがデスクを濡れないように上に上げようとしたのかな?」なんてありもしないことを連想した。まだ、一体何が起きたのか頭が働かない。しかし、とんでもない事態に気付くのにそれから数十秒も掛からなかった。
壁の時計を見ると針盤に水が溜まっている。針は8時54分を差している。昨晩9時前後に増水のピークを迎えたのが判る。しかも、ゴミの跡をみると、あと10cmで事務所の天井である。そこで、改めて、工場が3mに及ぶ浸水があったことを認識する。
工場内をチェックする。言葉が出ない。製品も仕掛品も機械も運搬具も、みんなグチャグチャである。木製ハンガーの工場であるから、仕掛品やその他水に浮くものは、浸水とともに構内を漂流し、引き際に散乱したのであろう。天井からぶら下がる照明器具に、水が運んだ草木やゴミが引っかかっている。3m沈没した事実を生々しく語っている。
大型クレーンで吊り上げない限り、移動するのが難しい集塵装置が倒れている。水の浮力で一旦浮き、引き際に片方が何かに引っかかり、倒れたのであろう。「浸水の凄まじさ」を実感してきたので、何が起きたのかの想像が働くようになる。いずれにしても、もの凄い破壊力だ。
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January 21, 2007

我が家にも「シーサー」がいる。「シーサー」は、ご存知のように沖縄で屋根や門柱に置かれている魔除けの獅子。沖縄のシンボルですね。
自宅を建築する時に、但馬地方の古い民家を見学して廻ったことがある。各家には、家紋があり、鬼瓦、土蔵の壁の装飾など、それぞれ異なったものが施され、それぞれにデザインの背景や物語があるのだろうか?と考えた。
そんなこともあってか、土着的な意匠をもったものに漠然と興味があった。自宅の設計を、沖縄でたくさん作品を残した「象設計集団」にお願いしたからという訳ではないけれど、「シーサー」にどこか親しみと関心を持っていた。

一昨年の沖縄旅行で、シーサーのお店を見て回った時に購入したもの。「壷屋やむちん通り」などを散策しながらこのシーサーと出会った。どこかマンガ的だが、瓦で作ってあるせいか、素朴で土着的な香りがするのが気に入った。

購入したお店のご主人にお訊きしたのだが、作者は城間孝志さんと言う方だそうだ。私は存じ上げないが、沖縄北部の町でシーサーの製作をされていると言うこと。いつか訪ねてみたいと思う。
私はシーサーについての知識は乏しいが、こんなサイトも参考になった。
「シーサーの店 賀数健夫」(かかずたけお)
那覇市壺屋1−8−13(壺屋焼通り)
tel : 098-867-6055
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January 16, 2007

椅子にはこだわりたい。特に、デスクワークを長時間する場合は、身体の快適さは重要である。それによって集中力も影響を受ける。自分の部屋では、パソコン作業、読書、新聞&雑誌、資料作成(ノート、レポート用紙への書き込み)などを行なう。つまり、それぞれの作業に合った姿勢に合わせられる変幻自在な椅子があれば嬉しい。
私が愛用しているのはこの椅子。 「プリーズ・チェア」(日本スチールケース(株))です。使用して約5年になるが、故障やガタツキもなく、毎日快適に使用している。

この椅子にはたくさんの機能がある。まず、アームレストがいい。左右別々に、高さ、向きが調節できる。背部は、上部(胸部)と下部(腰部)に分かれていて、それぞれ自分の身体に合うように調節できる。反力の強度調整も出来るのでより心地よい。
あえてもう一つ加えるならば、リクライニング機能だ。作業に疲れたり、足を伸ばしてボーッとしたい時に必要となる。以前、もう一脚別のリクライニング・チェアを使おうかと検討したこともあるが、リクライニングは、使用頻度と比較して、結構場所をとるのが不満でもあった。しかし、この椅子は、それもカバーしてくれるのが嬉しい。

私のデスクは、作り付けのデスク(右側)と、普通のデスク(左側)をフラット(同じ高さ)にして、部屋の角部に向かってパソコンを設置している。左手側、中央、右手側と異なった種類の作業ができるのでとても便利である。
この方法を可能にしてくれているモノが二つある。一つは、上でも書いた椅子のアームレスト。キーボードを叩く時の肘の置き場が快適に調節できる。(私はデスクの高さとアームレスとの高さを同じにしている)。もう一つは、以前、このブログでもご紹介したL字型デスクのコーナーで使用するボード(プルト60)。これは本当に便利だ。
デスク回りのちょっとした工夫とこだわりって、大切にしたいですね。
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January 08, 2007

2007年になり、我が家も新築以来15年目を迎える。それなりの思いを込めて建てた自宅。当時のことを思い出しながら、自宅の設計のこと、建築工事のこと、そして現在の家について、少しずつ書いてみたいと思っている。
それには、まず設計を依頼した「象設計集団」のことから書こうと、この本が登場した。この本は、象設計集団の設立33周年を記念して、2004年12月に発刊された。だから、今年で36周年を迎えることになるのかな。
初めて、象設計集団の事務所(当時は東京・東中野)を訪ねのが1987年。あれから20年が経った。完成後も、ずっとお付き合いをしている。
そうそう、この『空間に恋して』の出版記念パーティにも出席をし、おまけに、施主代表の挨拶までさせていただいたのを思い出す。

内容は、象の初期1970年代の代表作「名護市庁舎」などの沖縄時代、さらに台湾・宜蘭県のプロジェクト、そして、事務所を北海道帯広に移した十勝の作品など、象設計集団の創立から現在までの、建築写真や図面、象設計集団が大切にしている建築「7つの原則」など、普段の活動ぶりがたくさんの写真で紹介されている。全部で511ページある大作である。
我が家の設計、建築中にも、たくさんの象設計集団のメンバーが来てくれた。懐かしい顔がいっぱいある。
建築、空間、環境、自然、遊び、、、、、。キーワードが「いろはカルタ」となっていっぱい登場する楽しい本です。
『空間に恋して 象設計集団のいろはカルタ』
象設計集団・編著
工作舎
4800円+税
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January 06, 2007
以前、このブログに『田中銀之助 但馬出身・明治の音楽家』の記事を書いたことがある。私の大叔父(母の叔父さん)である。音楽好きの私としては、小さい頃から気になっていた存在であった。
「銀之助について知りたい」と母方の親戚に声を掛けていたら、少しずつ資料が集まってきた。
これは昭和12年に発行された『N.T楽譜 第十五編』(初版は大正13年)。田中銀之助と永井幸次氏(大阪音楽大学の創設者)との共編である。
『N.T』とは、永井と田中のイニシャルを採ったもので、大正期だけで39編、昭和に入っても続けられたそうだ。
『第15編」は、「荒城の月」と「墓前に立ちて」の2曲。 「荒城の月」は滝廉太郎の旋律に、銀之助が和声を付けて合唱曲に編曲している。両者の名前が並んでいるのが感慨深い。
「墓前に立ちて」は、銀之助の作曲によるもの。三部合唱と四部合唱の楽譜になっている。一度、この曲を聴いてみたいが、可能なのだろうか?
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January 01, 2007

あけましておめでとうございます。
今年も"KOH's VIEW"をよろしくお願いします。
(昨年と同じ書き出しである。)
どうしてそんなに書くことがあるのだろうかと不思議に思うぐらいだが、毎日更新ができて良かった。これからも自分の思いを素直に書いていければと思う。

年末ギリギリになって、初雪が降ったけど、その後の好天で雪は融けてしまった。

お雑煮をいただいた後、妻がお茶を点ててくれるのが恒例になってきた。お正月の陽が差す和室で静かにお茶をいただく。今年も、そろりと始まり出した。
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December 22, 2006

ここは兵庫県豊岡市日高町岩中地区。2004年10月20日に襲来した台風23号で大被害が出た地区である。円山川の支流である「稲葉川」(いなんばがわ)の河川改修計画が決定したのでその説明会があった。
説明しているのは豊岡土木事務所の職員の方。堤防の構造、橋の架け替え、などの説明の後、用地買収についての説明が続く。
我が社の「岩中工場」もこの地区にある。工場は3mの浸水で、機械、設備が全壊し、仕掛品、製品、すべてを失った。3ヶ月操業停止した後、なんとかラインを復旧させた。大被害から少しずつ立ち直り、お陰さまで、今年は受注も生産も順調に推移しています。

説明会に来ている人たちは、みなさん被害にあった住民の方々。決定された「改修工事プラン」の説明を訊く表情は真剣そのものだ。
「用地単価」、「地目の説明」(宅地、畑、雑種地など)、「契約と支払いの時期」などの、用地買収の手順が説明される。
いよいよ始まるんだなあ、と言う実感のようなものが会場に漂う。期限の仕切られた災害復旧工事であり、「台風シーズンにはまた同じ被害が」と心配する住民の方は多い。事業の進行がスムーズに行くように願うばかりだ。
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December 08, 2006

12月8日。今年もこの話題ははずせない。ジョン・レノンの命日。あれから26年が経った。昨年のこの日のブログにも書いたが、仕事を終え、帰宅途中の大阪駅で配られていた号外で知った。そのまま、レコードショップに行き、購入したのがこの"DOUBLE FANTASY"。ジョン・レノン最後のアルバム。
John Lennon "DOUBLE FANTASY"
1. (Just Like) Starting Over
2. Kiss Kiss Kiss
3. Cleanup Time
4. Give Me Something
5. I'm Losing You
6. I'm Moving On
7. Beautiful Boy (Darling Boy)
8. Watching The Wheels
9. Yes I'm Your Angel
10. Woman
11. Beautiful Boys
12. Dear Yoko
13. Every Man Has A Woman Who Loves Him
14. Hard Times Are Over

"DOUBLE FANTASY"のジャケットの裏面。ジョンもヨーコも若いですね。1940年生まれ。亡くなったは1980年。つまり40歳。ちなみにビートルズの解散が1970年。ジョンが30歳の時である。
私は1976年に、セントラルパークでジョンとヨーコと遭遇したことがある。それは36歳のジョンだったんだね。
"DOUBLE FANTASY"のdoubleは? ジョンとヨーコだったのかも知れないが、その死によって、doubleは、ジョンと私、ジョンとあなた、なのかも知れない。
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December 07, 2006

自宅に帰りました。ホッ!
帰りの朝のサンフランシスコは曇り。今回はニューヨークもボストンもサンフランシスコもすべて天気に恵まれた。冬間近で、曇ったり、降ったりしてもおかしくない季節なのにラッキーであった。
これまでは、ビジネスで、あるいはそれと関連して行くことが多かったアメリカ。しかし、今回はニューヨークにオープンしたばかりのユニクロの見学はあったけど、その他は、気ままにショップを巡ったり、コンサートやライブに行ったり、レンタカーでサンフランシスコを巡ったり、とてもリラックスした時間を過ごすことができた。

サンフランシスコ国際空港から帰途へ。
今回の旅は、出来る限り現地の市民の人達と同様のスタイルで行動した。地下鉄に乗り、ダウンタウンを歩き回り、行きたいところはネットで調べたり、電話で確認しながら、「できること」を楽しんだ。「しなくては、行かなくては」でなく「ただ、街を歩いて偶然出くわすものを楽しんだり、たまたまやっている催し物を覗いたり」。とても楽しかった。こんな旅は、できるようで、実はなかなか出来るものでもない。
今回、それができたのは、ニューヨークにいるS君とサンフランシスコにいるR君のお陰で実現でた。改めて感謝、感謝。
今日から、再び仕事と時間に追われる日常が戻って来た。アメリカでリフレッシュした身体と心で、より良い仕事をしなくては、とやる気も充実している。
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November 02, 2006
ある時、近くの文房具店(文森堂)にノートを買いに行った。棚を探したけど分からないので、「A4のリング・ノートないですか?」と尋ねると、たまたま品切れしていて買えなかった。その数日後、経営者のM君(私の親しい友人)から「ノート入りましたよ」と連絡があり、購入したのがこのノート。
これが、予想外に具合がいいんです!
表紙に内ポケットがついていて、A4サイズの書類が綺麗に入る。半透明だから、どんな書類が入っているか、表、裏両面から見ることが出来る。軽くて、表紙も裏紙もソフトなので、持ち運びやページめくりもスムーズで、感触も良い。
「なーんだ、とりたてて言うほどの」と思われるかもしれないけど、こういうシンプルなノートはあるようでなかなか無い。最初はポケット付とは考えていなかったけど、これが私に大ヒットしました。
世間では「手帳術」とか「ノート術」とか言って、結構関心を持っている人が多いと思う。「これが私の○○術」とか読むと、言っていることはみんなバラバラ。結局、その自分流を編み出すと言う結果になりそうだ。
私はこれまで、A4の「大学ノート」を使用してきた。過去のノートが何十冊も本棚に入っているが、読み返したい書き込みはほんのわずか。
そこで、ミシン目の入ったリング・ノートに変えてみた。思いついたアイデアを書いたり、TO・DOのメモを書いたり、一定期間はそのまま残し、不要なページは、どんどん切り取って捨てていく。
この何でもなさそうな、一連の作業が、実は私の頭を活性化させてくれる。残そうと思わずにどんどんアイデアを書き留めていく。まるで絵か図のようなメモ。それを深めて書き直し、前のページは捨てる。そうして、ノートに残ったページは、それなりに重要度の高い内容のページのみ残っていくのだ。
KOKUYO
7mm / A4
Holder notebook
Clear,pocket pages for protecting
important pages and documents
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October 25, 2006

兵庫県豊岡市「行革タウンミーティングⅡ」が開催されたので出席した。先月、豊岡市行革委員が1年間かけて議論してきた行革大綱を提出した。それを受けた、市民への説明会と市民の声を直接聞くミーティングなのである。私も1年間、行革委員として議論してきたので市民の反応が、どうなのか大きな関心がありました。
1時間半のミーティングで、約40分が説明に当てられ、残りが質疑応答なのだが、意外と会場からの質問・意見は少なかった。
それだけ、行革の必要性と行革大綱の納得性が高いのであればいいのだが、果たしてどうなのだろう?
「市役所の移転問題」、「広域ゴミ処理場建設」への意見が目立った。これらの問題も行革と無関係ではない。やはり、ハード(ハコモノ)の問題は実感、顕在化し易いのかもしれない。
組織改革、業務分担、職員の評価制度の見直し、などソフト分野の構造改革が、最も重要、かつ後戻りしない改革ではないかと思う。
タウンミーティングの資料を要約すると、次のようになる。
1.現状のままでは、8年間で78億円の赤字になる。
2.平成19年度から投資的経費(道路・学校などの社会資本の整備)は基金を取り崩さないといけない。
3.経常的経費(職員給与、借金返済、福祉給付金など)もマイナスに転じる。
今回の行革の答申に基づく財政見通しは、
1.8年間で81億円の行革効果を出す。
2.投資的経費は、基金74億円(今後の積立を含む)を活用し、毎年6億円程度の資金を確保できる。(災害の備えとして30億円程度は残す)
3.行革は7つの分野(項目)について実施する ことを提案。
(1)財政構造改革(市税徴収率の向上、未利用地の売却など)
(2)事務事業の整理合理化
(3)補助金改革
(4)民間活力の導入
(5)市民との協働
(6)効率的・効果的な組織(職員の削減)
(7)総合計画との連携と整合性
である。
補助金の改革では、具体的な見直しを行い、廃止・減額・改善・直営へ、など提案。しかし、他の大部分は、これから具体策を検討する。早期の意思決定をしなければ、益々、財政困難が深刻になってくる。
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September 30, 2006

祖父の17回忌の法事を行なった。祖父の名前は「要太郎」。戦後の社名「要商店」の「要」の一文字に現れている。大正時代に「荒物屋」(雑貨店)の商売を始めました。
祖父は96歳で亡くなった。とても信心深い人で、私が子供の頃は、ある時はとても優しい、ある時はとんでもなくコワい、おじいちゃんでした。90歳を超えるまで、自転車に乗り、畑仕事をし、庭の手入れまで全部おじいちゃんがやっていた。
朝5時に起きて、畑に行ったり、庭のあちこちを手入れしたりしていました。夜は測ったように日本酒をお銚子ちょうど1本。小食で、痩せ形であった。明治の人だから、私(孫)とは、考え方の相違はいっぱいあったが、妙におじいちゃんの言うことには従った。

自宅から歩いて5分もかからない所にお墓がある。お坊さんには家の仏壇にお参りしていただいた後、お墓までみんなで行き、再度お経をあげていただいた。このお墓のこの風景は2、3年後にはなくなる。2004年の台風23号被害による円山川改修工事により、お墓の移転が決まっている。
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September 28, 2006

一昨年の台風23号被害のあった兵庫県豊岡市日高町岩中・浅倉地区の「用地境界立会」に行った。これは、前回行なわれたわが社・岩中工場周辺に続く、第2弾である。改修用地として関連ある地権者が集まり、まず、国土交通省近畿地方整備局豊岡河川国道事務局の責任者より趣旨説明を聞いた。

その後、道路から畑地に降りて、境界線の確認。当然のことながらどこにも線など引いていない。(^_^)これまでの河川の氾濫により、地形なども若干変化している。私も地権者の一人だが、私自身が農業(野菜づくり)はしていないので、さっぱりわからない。どうして、そんなことがわかるのだろうと私はただ立っているのみ。(^_^;; ここで活躍するのは、地区の長老。目印に植えてある木などを指して、ああだ、こうだ、と確認作業が進行する。
肥沃な土である。これなら美味しい野菜が育つのは、私でもわかる。写真に写っている畑地の大部分が、今度の稲葉川の堤防用地として買収対象となっている。畑の向こうには、JR山陰線が走っている。
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September 27, 2006

庭で食事をしながら「建築のお話」で秋の夜は更けていった。久しぶりに象設計集団の富田さん を我が家に迎えた。建築関連の編集をされている松井さんと一緒。そこに、team zoo 「いるか」の有村さんとスタッフの人が合流し、私の友人も加わって、楽しい会話が一晩中続いた。

私の自宅は、象設計集団にお願いして建てた。すでに14年の歳月が流れる。今回の富田さんの訪問は、富田さんが設計した建築の取材が目的。「象設計集団に設計を頼んだきっかけは?」「設計のコンセプトは?」などの話から始まった。しかし、ひと言で言えるようなものではない。少年時代、学生時代、家族のことなど、すべてが、この家の中に詰まっている、表現されているのだ。話は止まらない。楽しい思い出や出会いがいっぱい、いっぱい、いっぱい。(^_^) 富田さん、象設計集団とは、一生のお付き合いになりそうだ。
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September 25, 2006
兵庫県豊岡市の行政改革委員会は、 「豊岡市行政改革大綱」を豊岡市へ答申した。大綱は、石原俊彦委員長(写真右)より、中貝市長(写真左)へ渡された。
昨年10月に委員会を発足し、これまでに11回の委員会と約20回の小委員会を開催してまとめ上げた。私も11人の民間委員の一人として参画させていただいた。発足に当たって、中貝市長が所信を述べた「本気で取り組む」「厳しい財政の市民への危機感の共有」の言葉を信じて、1年間活動をしました。
「行革」と言っても、私は行政のプロではないし、知識もない。まず「行政の基本」、「他の地方行政の事例」などが書いてある書籍を購入し、基礎知識を少しでもカバーしながら臨んだ。当たり前だが、それでも難しいテーマである。私自身、最後に頼るのは一豊岡市民としての「素朴な疑問、なぜそうなの?」と言う思考を積み重ねることでした。
会社経営者の立場でもあるので、「組織の活性化」、「地域経済戦略」などについてもさらに具体的に議論を深めたかったが、なかなかそこまでは到達するのは難しかった。
市長室でしばらく市長と談話。委員一人ひとりからも「行革大綱」の感想や、しっかり実行して欲しいとの期待が語られた。
10月には、再び各地域で「行革タウンミーティング」が開催される予定。「行革大綱」を今後の議論のたたき台にして、市民の声をしっかりと受け止めて欲しい。
「大綱の答申は、行革の終わり(目的)ではなく、始まり(手段)である」ことを忘れてはいけない。「明るい豊岡市への手段」なのだ。
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September 22, 2006
兵庫県豊岡市にある「(協)お弁当こうのとりの里」(旧・(協)日高町給食センター)を紹介します。9月21日付で名称変更。ずっと以前からすでに、新・豊岡市(昨年4月1市5町が合併)すべての町に、さらに近年は近隣の養父市や香美町まで、広域にお昼のお弁当をお届けしているからです。但馬地域で最もたくさんのお弁当を、企業に、官公庁に、オフィスにお届けしています。
今日は、そこの専務理事の立場でPRをさせていただきます。(^_^)
「お弁当こうのとりの里」のお弁当の自慢は、当たり前ですが「美味しい」ことです。ただ、美味しいだけではありません。5つのキーワードがあります。1.新鮮な食材 2.地産地消 3.手作りの品 4.栄養のバランス 5.清潔・安全安心が基本方針。創業以来38年間無事故、管理栄養士と栄養士がメニューづくりを行なっています。
弁当:360円、400円、450円(税込)幕の内:650円(税込)より 地域のイベント、集まりのお弁当なども受けてつけております。場所と食数等でお受けできない場合もありますが、どうぞお気軽にお問い合わせください。
ぜひ、何かの機会に召し上がってみてください。
(協)お弁当こうのとりの里
〒669-5302
兵庫県豊岡市日高町岩中120-2
tel : 0796-42-0260
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September 11, 2006
大蔵村高田(現朝来市和田山町)の雑貨商の長男。地元小学校教師を経て東京音校(現芸大)師範科卒後、兵庫県立高女(現神戸高校)音楽教師に。(一部省略)大阪音校(現音大)創設者・永井幸次との共著「女子音楽教科書」は広く使用された。母校・大蔵小校歌を作曲直後に急死。代表作に「女馬子唄」「子守唄」がある。
『但馬ゆかりの50人』(p30) 神戸新聞総合出版センター・発行
田中銀之助(明治13年~昭和22年)をご存知でしょうか?兵庫県朝来市生まれの明治の音楽家である。明治時代にいくつかの小学校唱歌を作曲している。
実は、銀之助さんは私の祖母の兄。つまり、えーっと大叔父さんということになるのでしょうか。(^_^) 残念ながら私の生まれるずっと前に亡くなっているので、直接は知らない。祖母や母からは、釣りが大好きで、城崎辺りに釣りに出かけた、お風呂に入りながら、唄うのが好きだった、ローレライなどをよく唄っていたそうである。とても温厚な銀之助さんだったそうです。
私は小さい頃から音楽が大好き。きっと銀之助さんのDNAを受け継いでいるんだなあ、と勝手に思って納得している。(^_^) 学生時代に、神戸・三宮の古本屋さんに何気なく立ち寄った時、偶然にも、田中銀之助の作曲した楽譜集を発見した。古本屋のあの天井まで積み上げてある本の中からである。何かの糸のようなもので結ばれていたのかと、感動したことが忘れられない。
田中銀之助の「何かのゆかり」をご存知でしたら、情報をいただけると嬉しいです。
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August 23, 2006

第10回豊岡市行政改革委員会を開催した。昨年10月にスタートし、いよいよ大綱をまとめる時期が迫ってきた。10回目と言っても、実際には「補助金見直し」作業は、これ以外に数回集まって、担当課長からのヒアリングも行なった。
今日の協議事項は、
・豊岡市行政改革大綱(案)について
・豊岡市民間活力導入計画(案)について
・補助金見直しについて
・事務事業の整理合理化(案)について
・豊岡市定員適正化計画(案)について
その他に、協働推進の考え方、幼稚園・保育園の今後のあり方等について議論した。

「行政改革」と言っても、それぞれの分野は専門的である。「市民感覚で」「地域の実態を熟知しているから」と言っても、それで「解」が得られる訳でもない。やはり、基礎知識がないと、的外れな議論になることが往々にしてある。
この本『自治体行政評価ケースステディ』の著者・石原俊彦氏は、私たち「豊岡市行政改革委員会」の委員長である。具体的に、先進事例を示しながら、実際の行政評価の必要性と実践する方法論が述べてある。理念倒れににならないで、実践的であることが大切だ。実際に、石原氏は「タテマエではなく、ホンネの議論」をするように委員会運営をしていただいている。頼もしいのだ。(^_^)
いよいよ1年目の大詰めを迎えて、改めて思うのは、「徹底した情報公開」と「住民の参画」が重要であること。市長も、私たち委員会も、そのことの重要性を感じ、その方向で議論をしてきているが、果たして、「かけ声倒れになっていないか」ということを再確認したい。豊岡市民の「財政破綻」への危機感はどれくらい共有できているのだろうか? 「公開」ではなく「告知」していく必要がないだろうか。ひと回りの「行革タウンミーティング」だけで充分と言うことはないであろう。
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August 22, 2006
やっと、エアー・エッジを更新しました。新しい機種はWILLCOMの"AX520N"。今まではAir H (AH-H401C)を5年間使用してきた。スピードを我慢すればまだなんとか、と我慢してきたが、ノートパソコンを新調したのを期に、エアー・エッジも更新することにした。インターネットやメール受信のスピードは格段にアップ。 AX520Nは、高度化PHS規格「W-OAM」に対応している ので、今後さらに高速化が期待できる。
海外、国内とも出張時には、ノートパソコンを持参している。最近のホテルでは、インターネット接続サービスのある部屋が増加しているが、設定のことを考えると、なんかウットウシイ。エアー・エッジは、いつでもどこでも操作は一つで接続が出来るのが嬉しい。これで、空港やレストラン、コーヒーショップからでも快適にメール・チェックができそうだ。
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July 14, 2006

「あすか会議」2日目の朝は、朝7時からのパワーモーニングで始まる。「アート」「ベンチャー」「環境ビジネス」「WEB3.0」「食育」「移民」など、それぞれの興味あるテーマのテーブルについて、意見交換しながら朝食をとる。私は「起業家リーダーシップ」で一緒に学んだNさん主催の「アート」の席に。秋に「ブランディング」をテーマにした勉強会を開催する等の情報交換を行なった。

分科会が始まる。「文化芸術」「グローバル」「教育」の3つのテーマ。どれも行きたいが、私は「文化芸術」へ。パネリストは画家の岡野博氏、ヴァイオリニストの古澤巌氏、ファッション・デザイナーの仲野達夫氏。岡野氏は、「豊かな絵」と表現された。自由さ、みずみずしい、生きている喜びを実感できる絵を目指している、と。私もご縁があって岡野氏の小さな絵を一つ持っているが、岡野氏のお話に納得である。また、古澤氏と仲野氏は、1980年代に、フィラデルフィアで一緒に活動され、最先端の「現場」で、お互いの芸術的センスを磨かれたお話は、とても興味深かった。古澤さんのCDも購入した。

最終プログラムは「変革のリーダーシップ」。産業再生機構の冨山和彦さん、星野リゾートの星野佳路さん、元・カネボウ(産業再生機構)の小城武彦さん、東ハトの後藤英恒さんの4人が壇上へ。それぞれのキャリアと会社の中で、企業を再生していくプロセスで、どのような取り組みをしたのか、その要諦は何なのか、企業経営にとても参考になる貴重な発言がいっぱい聴けた。
冨山さん「合理と情理の正反合一=道理」「カネの論理とヒトの論理の正反合一=経営」。星野さん「リーダーシップは、1.ぶれない 2.愛情 3.質素・倹約」。後藤さん「なぜ、なぜ、なぜ、を繰り返す。」「変革は、本気をどう示すかが大切。サッカー中田の社外取締役は絶大な効果」。小城さん「変革には、人の心に触る勇気があるか?が重要。」「右脳を大切にしたい」。など、どれも一つ一つ、自分は果たしてどうなのか、かみ締めてみたい発言である。

フィナーレは、フェアウェルランチョン。今回の会議で知り合った仲間と会話し、2日目のゲストに質問をしたり、昼食会の時間は過ぎていく。最後に、提唱者のグロービス堀さんが音頭をとって、全員で「来年もあすか会議で会いましょう!」と発声して「あすか会議」は幕を閉じた。今回の「学び」を実践し、成果に結びつけたか、来年の再会までにしっかりとやらなければならない。
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July 13, 2006

昨年に引き続き、 「第2回あすか会議」に参加した。今年は山梨県小淵沢のリゾナーレで行なわれた。提唱者は、グロービス代表の堀義人さん。実行委員は、GMS(グロービス・マネージメント・スクール)で学ぶ有志達である。参加者は、GMSでMBAプログラムを学んでいる受講生が中心である。

最初のプログラムは「創造」(新しいことを始めよう!)。ケンコーコムの後藤さん、ネットエイジグループの西川さん、フィルカンパニーの松村さん、3人によるパネルディスカッション。それぞれの起業のきっかけ、プロセス、現在までのストラグルしたことが生々しく語られた。共通しているのは前歴が外資系のコンサルタント会社に勤めていたこと。事業の当事者になることを敢て決心。熱い情熱の持ち主である。起業家の原点はパッションだ。

「GMSアルムナイ・アワード」の授賞式。グロービスに学んだ仲間や、関わった人達の中から、顕著な活躍があった人に贈られる賞。参加している人達から大きな祝福が送られ、次は「私だ」と思う瞬間でもある。

初日の最後は夕食会。昨年このあすか会議で会ったメンバーや新たに出会ったメンバーと名刺交換をしたり、講師やパネリストの人達とも親しく情報交換をする場でもある。パーティが終了しても、場所をロビーに変えて、深夜まで会話が続く。新しいネットワークが生まれていく。
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July 06, 2006

ビジネスや社外の活動、それに地域の活動などで忙しくて、手帳とにらめっこしながらの日々である。そこへ、思ってもいなかったプレゼントが届いた。
正直に言って、私自身、誕生日であることなど、朝起きた時は忘れていた。(フランスvsポルトガルの準決勝があったせいもあるけれど)(^_^)
これは、S君(8才)が折ってくれた誕生日の折り紙。
オタマジャクシかな?
贈ってくれたのは、隣の市に住む友人ファミリーの子供達である。年に何度か、一緒に食事をしたり、ファミリー・パーティで遊んだりする。本当に可愛い子供達である。資質も性格もいい。私と妻は、自分の子(孫?)みたいね、と勝手に思っている。

Tちゃん(6才)が描いてくれた。左に描いてある人物が私だそうだ。脚が長くてスラッとしている印象を持ってくれているのが嬉しい。(^_^)

ここまで来ると、3才になるNちゃんの「作品」も掲載しておかないとNちゃんに申し訳ない。これなんだかよくわからないが、描いてくれたことがとても嬉しい。
ありがとう!>S君、Tちゃん、Nちゃん
予期せぬ喜びで、今日は極私的書き込みとなってしまった。(^_^)
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June 24, 2006

兵庫県豊岡市の第7回行革委員会を行なった。先月受け取った「補助金リスト」をもとに、その必要性、金額の妥当性、今後の方針、など委員会全体としての結論をだすための議論をした。
ここに至るまでに、全279件の補助金を3つの小委員会に93件ずつ振り分け、見直し案を作成した。補助金の担当課の課長クラスの職員より、補助金の目的・執行状況・効果などをヒアリングし、小委員会としての見直し案を作成していく。それぞれの委員会で20時間以上を費やしている。

午前11時から午後5時まで、昼食を挟んでぶっ通し。これは3時の休憩時間の様子。豊岡市役所は、昭和初期に立てられた市の「歴史的遺産」。その後の増改築で迷路のようになった各部屋。でも、こうして窓を開けて、外からの風を受けながらの会議も、なかなか気持ちいいものです。
6時間の会議で、お茶(ペットボトル)1本のみ。足りない分は、各自自販機で。昼食は当然ながらそれぞれ自己負担。
補助金についても、単純にカットばかりではなく、必要なものは、むしろ増額するぐらいの議論もしている。豊岡市が掲げる「環境経済戦略」の具体化が急がれる。
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June 06, 2006

兵庫県豊岡市「行革タウンミーティング」に出席した。旧・日高町センター多目的ホールで行なわれた。これで合併前の旧1市5町のそれぞれの町で全てが終了した。行革委員会(全11名)の委員は、それぞれの居住地区のミーティングに出ることになっていたので、私は日高町のに参加した。
出席者は200名ぐらい。出席者のほとんどは男性。しかも年配の方が目立つ。女性、若者もきっと関心は高いと思うのだが、こういう集いにはなかなか集まらない。今後の課題だろう。

冒頭に「行革の必要性」を説明する中貝市長。豊岡市の財政見通しと行革の必要性を簡潔に説明。市長とは高校時代の同級生なのだが、昔から論理的思考であったように思う。こういった場面で、ポイントをとても判りやすく話すのはさすがである。
さて、会場からの質問は、低調であった。いきなり「財政」といっても、ある程度、知識がないとなかなか質問は出にくい。少子高齢化、学校の複式学級、30〜40代の独身者の結婚推進運動、など、身近な問題に向いてしまった。
旧・日高町議員のHさんから、「行革成功の鍵は「無信不立」にあるのではないか?」との発言に、市長は「自身はもとより、市職員も含めて、行政の透明性を高めていく」との答えであった。 「透明性の確保」は確かに、キーワードであるが、さらにもう一つ、市長のコミットメント(目標達成への公約)が大切なのではないだろうか。公約の実現には、私のできることは、惜しみなく応援していきたいと考えている。
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May 19, 2006
兵庫県豊岡市の行革がいよいよ本格化してきた。今日は第6回行革委員会があり出席した。すでに昨日より旧行政区(豊岡市は昨年4月に1市5町が合併してできた)で、 「行革タウンミーティング」が始まった。資料には「苦境に立つ豊岡市財政」「それでも増え続ける財政赤字」など、市の財政状況を率直に訴えるテーマが掲載されている。第1回行革委員会の冒頭で、豊岡市長が宣言した「危機感の共有」である。どの程度伝えることができるのか、私も注目していきたい。
今日の委員会には、事前に受け取ったものも含めて、たくさんの資料が配布された。「補助金の見直し」についての具体的な手順を確認した。現在の補助金は、全部で279件、年間15億円が支出されている。市の財政予測は、収入から経常的経費くと、H19年度△5.2億円、H20年度△7.5億円、H21年度△10億円の赤字の予測がでている。
これには投資的経費(道路、学校などの社会資本投資)は入っていない。つまり、10億円の赤字を埋めても、インフラ整備の資金は0と言う状態である。いかに危機的であるかを、市民全体で知るところから始めないといけない。
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May 09, 2006

Statement
Sheep have been used in many metaphoric expressions, proverbs and allegorical stories among different cultures. “Obedience” and “Cowardice” are the typical imagery of how sheep have been portrayed. The relationship between a shepherd and sheep symbolize the relationship between the rule and the ruled. In the guise of sheep, I can present human frailty. The sheep is a metaphor and is use to demonstrate human shortcoming.
by Kenjiro Kitade

ユーモアのある? もの悲しい? アイロニー(風刺の効いた)? 私はこの何とも言えない表情に引き込まれた。ニューヨークで活躍する、日本人の若手陶芸家Kenjiro Kitade氏の作品である。
Kitade氏のstatementにあるように、羊は人間のたとえ話にしばしば登場する。人間の弱さ、従順さ、などの比喩となることが多い。Kitade氏の作品は、「羊人間」を登場させて、人間の根源を表現しているように見えた。この作品に惚れ込んでしまった。
2月にニューヨークに行ったときに、Meat Packing Districtにあるhpgrp NY galleryで、この作品と出会った。ちょうど個展の準備中であった。作者のKitade氏それに、galleryのproducer山谷氏(写真家でもある)とも会い、しばらく歓談できたのが楽しい思い出。二人ともNYで活躍する若い日本人アーティスト。これからの活躍が楽しみだ。

この作品をどこに飾るか、家の中をしばらくあちこちと巡回していったが、3ヶ月経ってようやく定位置が決まってきた。土壁と窓枠。日差しによる光と影。今は、こんなところで毎日出会っている。
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April 07, 2006

ここは大阪梅田。私が写真を撮っているこの場所は「阪急グランドビル」。真下には取り壊しを目前にした阪急百貨店がある。写真右側が北方向、左側が南方向である。以前のブログにも書いたが「2011年百貨店戦争」の戦地になる場所である。左手前に「阪神百貨店」。その向こうに「ハービスプラザ、ハービスエント」が見える。これらが「阪神村」である。写真中央のビルが「アクティ大阪」大丸百貨店が営業している。そして駅プラットホームの屋根群を含む右手側に「JR大阪駅新駅ビル・空中コンコース」プロジェクトが始まり、三越百貨店が進出する。

JR大阪駅の向こうに見えるのが大阪駅北地区、通称「北ヤード」。 「都心に残された最後の一等地」と言われているエリア。こちらは、一気に開発せずに徐々に開発して行くそうだが、商業施設ばかりではなく、研究・開発・学術機能やハイグレードなホテルや住宅ゾ−ンなどとしても検討されているそうだ。2月にニューヨーク視察にご一緒したHさんは、この梅田再開発に関わる仕事をされている。H氏の考えは、文化の発信地としての機能を持たせたいと言うもの。ニューヨークの美術館や博物館、ギャラリー等を精力的にリサーチされていた。東京一極集中が加速する中で、是非、関西から芸術・文化を発信する基地になってもらいたい。私もそう願っている一人である。
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March 17, 2006
今日は、第4回目の豊岡市行政改革委員会があった。今回の協議事項は「市民と行政の協働推進指針(案)」について。協議の内容、あるいは協働とは何か?を書く前に、まず、「指針」についてこんな遣り取りがあったので先に触れたい。「推進案自体は賛同する。それよりも、問題は実行することであり、はやく戦略、戦術を練りましょう」と私の意見を申し上げた。ここで興味深いお話が聞けた。行政の仕事を規定しているランクは、上から「条例」→「規則」→「要綱」→「要領」→「指針」なのだそうだ。「じゃあ、指針では何も変わらないのでは?」との疑問を持ったが、「指針にこう示されている」と書いてあることで、今後の行政マンの判断基準にはなるそうだ。民間企業にいる私にとっては、どうもピンと来ない遣り取りだった。
今日学んだこと「協働」とは、「市民と行政が異なる立場と特性を活かし、対等な立場で、それぞれ持っている知恵や資源を持ち寄り、責任と役割を分担し合って、社会的・地域的課題を解決する取り組み」。 「公」(Official)と「私」(Private)の間にある「共」(Public)に注目することが、 「新しい公共」の考え方であること。 指針で終わらないで、具体的に「協働領域」を確定し、実践に移していかなければならない。この「指針」が、最終的には「条例」にならないといけないのではないかと思う。
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March 06, 2006

ここは大阪・梅田。JR、阪急、阪神、地下鉄が交差する大阪の中心部。写真はその中心部のメインともいえる阪急電鉄関連のビルが立ち並んでいる「阪急村」と呼ばれているところ。真ん中のJRを挟んで左側には、阪急ターミナルビル。そのさらに左に新阪急ホテルが見える。地下が「阪急三番街」。JRの右側の高層ビルが阪急グランドビル。その手前に阪急百貨店がある。写真では見えないが、その向こうに「HEP FIVE」 「HEP NAVIO」「イングス館」などの阪急系の商業施設がある。「大阪急村」である。

そのなかでもこの「阪急百貨店」は、阪急のシンボルである。梅田地区の、いや関西の百貨店の代表格として君臨してきた。その阪急百貨店の建物が取り壊され、立て替えられる。2011年完成を目指した梅田地区の大改造プロジェクトである。 近隣には、阪神百貨店、大丸百貨店、ヨドバシカメラ、ロフト、などがあり、一大商業ゾーンとなっている。さらにそこに、同じ2011年に三越百貨店の進出が決まっている。大阪駅を囲むように4つの百貨店がひしめく構図ができあがる。まさに、百貨店の「梅田戦争」勃発です。Hanger-Networkのハンガーは、このような商業ゾーンの活性化にたくさん必要とされる。しっかりとマークしてかなければ。
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March 01, 2006

ブログ【KOH's VIEW】を書き始めて365日が経ちました。我ながら、よくも毎日書き続けられたものだと感心してしまう。初日の書き込みを今読むと1年前の気持ちが鮮やかに蘇る。「続くかどうか分からない」「何をどう書くのか決めていない」「誰が読んでくれるのだろう?」なんて思いながら始める。ともかく物事は始めないと何も起こらない、の心境だ。
そもそも始めた目的は、私が運営するHanger Networkを、側面的にサポートしようとすることでした。ハンガーについての、私の思いや情報を、専門家として、作り手として、使い手として、愛好家として、思いつくまま気軽に綴ってみよう、と言うものです。
そうは言っても、毎日ハンガーの話題は続かない。その間には、私の趣味、その日の出来事、思ったこと、などを書いてみた。たいした情報ではないけれど、読んでいただいた方に、同じ「今日という1日」を生きているんだなあ、なんて「にこっ」っと微笑んでもらえればうれしいー、なんて思いながら。
1年間を振り返ってみた。
【良かったこと】
・「書くこと」で自分が何に関心があるのか、自分で発見できる。
・「○○は○○である」と、物事の本質を考えるようになる。
・あいまいな知識を、辞書で調べたり、本を読み返して、再確認できる。
・遠くはなれた友人・知人が読んでくれていて、近況が伝えられる。
・画像がたまる。レポート、メール、記録、年賀状など、多方面に役に立つ。
【課題】
・プライベートなこと(今日何をした)をどこまで書くの?(未だに悩む)
・時間制限内で書く。(短時間)
・アウトプット(書く)の時間が増加し、インプットの時間が減る。(未読本が増える)(^_^;;
まだまだ「良かったこと」も「課題」もいっぱいありそう。でも、ブログをやって良かったと思う。
ブログの価値は人それぞれによって異なるし、プライバシーとパブリックな面のバランスを欠くと、たいへんな問題に発展する要素もある。しかし、ブログは人と人とのコミュニケーションを促進する役割も果たしている。人と人のネットワークを大切にしていきたい。
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February 21, 2006

ニューヨークのホテルのデスクの様子。パソコンは主にメールチェックと、デジカメの画像を保存する。特に海外旅行では写真数が多いので、1日づつパソコンに保存し、時間があればブログ用に画像の編集も行なう。メモはもっぱらRHODIAのポケットサイズを使用。メガネは、近視用、遠視用と2つを使い分けるので、どうしてもメガネホルダーが必要になる。そうそう、外出時のiPodのスピーカーは、 ALTECのinMotionを使用している。コンパクトでボリューム調整がワンタッチ、スリープ・タイマーを掛けながらiPodをプレイし、その間に充電をし、翌日のアラームだ。パーフェクト!!

今回のビジネス・ツアーでも、片時も放さなかったのはiPodだ。「iPodのない旅なんて、クリープを入れないコーヒーみたいなもの」なんてフレーズはもう通用しないか??(^_^;; 移動中の電車では、その時の気分にも寄るがよくiPodを聴いている。特に、周囲に団体さんなんかがワイワイガヤガヤの時なんかは必ずだ。マイ・カーの運転では必ずiPod。自宅では,iTunes、旅先のホテルではiPodだ。特に海外出張の時は、自分のiPod から流れてくるお気に入りの音楽は格別だ。そして、本を持ってベッドに行き、iPodをセットする。タイマーを30分かけて、明朝のアラームをセットする。
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January 29, 2006

森林認証制度
環境に配慮して手入れをした森林やそこで伐採された木材に、「お墨付き」を与える森林認証制度が広がりつつある。日本の林業は安い外国産材に押され、後継者不足に泣いて、苦境が続いている。放っておけば、山の荒廃は進むばかりだ。認証制度を採り入れた林業経営者には、こんな危機感と、環境ブランドへの期待感が入り交じる。
朝日新聞 2006年1月29日

昨日、但馬学例会で「禿げ山」のことを学んだところだが、今朝の朝日新聞に「山を守る底支え」の記事がタイムリーにも掲載されていた。この認証制度の名前は聞いたことがあるが、実際にどの程度機能しているのか?と言う関心を持っていた。記事では、三重県・紀伊半島の林業者や木工業者を例にしながら、若い世代の経営者が、FSC(森林管理協議会)の認証を受け、伐採方法の見直し、認証された材料でできた製品のブランド化を図っている事が紹介されている。木製ハンガー生産や他の木加工をやっている私としても、大変興味深い記事である。その他、日本独自の認証制度や「FSC日本推進会議」の設立が今年予定されていること、など、今後、森林認証制度に注目していきたい。
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January 19, 2006
大阪に来たついでに知人のTさんのオフィスを訪ねた。Tさんはグロービスで学ぶ仲間である。しかし、私は東京校、Tさんは大阪校なので、同じ場所で学んでいるわけではない。グロービス代表・堀さんの「高野山ツアー」「あすか会議」などでご一緒し、知り合った。Tさんは、マーケティングのコンサルティングをしている。頭にはアイデアが一杯詰まっていて、前向きで、とてもユーモア溢れ、周囲の人をどんどん引き込んでいく。Tさん自身が「マーケティング」なのだ。是非、出あったご縁を、何か具体的にしていきたい。
Tさんのオフィスから歩いて数分のところにグロービス大阪校がある。先週、豊岡市で堀代表の講演会をしたので、その時のお礼を兼ねて訪問。堀さんと同行されたMさんとお会いする。豊岡の印象、講演会後の反響があることなどを聞き、企画したものとしてとても嬉しくなった。大阪校で学ぶ人も現在急増中だそうだ。
グロービスを出て5分も歩くと心斎橋だ。私は現在の会社でハンガーの仕事をする前に、しばらく大阪で働いていたことがある。その職場は、まさにこの心斎橋にあった。ディスプレイ関連の企業で、私の担当先は心斎橋大丸であった。明けても暮れても、毎日毎日、心斎橋をうろうろと歩き回っていた。今でも大丸とそごうの間の路地を通ると、当時を思い出して胸が詰まる。私にとってのビジネスの原点がある。 まさに、私の大阪とのご縁は、ビジネスの始まりであり、今、新たなビジネスの出逢いが始まろうとしている。「ご縁を大切に」の言葉を思い出した。
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January 17, 2006

豊岡市財政課は16日編成中の06年度予算案で、道路、学校の建設やイベント事業などのための投資的経費について、各課から予算要求があった計115億円を45%カットし、63億円に抑えた財政課原案を作成したと発表した。19日からの市長査定でカットされた事業が一部復活する可能性もあるが、厳しい財政状況を受けた緊縮予算となりそうだ。
2006年1月17日(火) 朝日新聞「但馬版」の記事より

この画像は、1月13日に行なわれた第2回行革委員会での資料である。財政課長から報告された、向こう10年間の財政収支見通し である。現時点の歳出割合や今後の人件費の削減案をもとに、組まれている。このシミュレーションによると、平成19年度~22年度の4年間は、投資的経費(下から2行目の数字)はマイナスとなっている。つまり、借入をするか、たの経常的経費を削減しないかぎり、投資的支出はできない。例えば、道路や学校などの整備に大きな支障がでることが予測される。さらに、平成18年度の投資的経費は5億500万円(505と書いてある)と見ているのが、昨日の発表では63億円となっている。他の科目と合計しているのだろうか?これはどう言うことだろう?シミュレーションがいきなり崩れていることなんだろうか?
「市民と危機感を共有する」ことが大切だとの市長方針。みんなで注目して行き、よりよい豊岡市にしていきたいものですね。
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January 13, 2006

第2回目の豊岡市行政改革委員会に出席した。昨年の10月以来の委員会だが、その間に自主勉強会を開いたり、石原行革委員長(関西学院大学の教授)の市役所職員に向けた講演会に出席したりして、行政のしくみや財政の現状を少しは把握して来た。市長はもちろん、新聞記者の方達も、2時間の委員会を最初から最後まで、同席でった。前向きな活発な議論ができたのではないかと思う。写真は、委員会終了後、各新聞社のインタビューに応じる、委員長と事務局長である。

まず最初に、「財政収支見通し」が発表され、向こう10年間の豊岡市財政のシミュレーションが示された。(ただし、現状維持の予測であって、行革の成果を盛り込む以前の形式的なもの)。そして、今回の協議事項は3つ。「志の関与基準について」「豊岡市民間活力導入の指針について」「補助金等の見直し指針について」である。
特に、3番目の補助金については、現在の「補助金一覧表」が配布され、その多さにみんな「啞然」である。今年度で340件、予算額で38億9千万円にものぼる。今後、まずこれを積極的に情報開示し、市民に実情を認識てもらうこと、不要なものの廃止、ならびに補助率なども設定していったらどうか、と提案。
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January 02, 2006

初詣に行った。京都府大江町の「元伊勢神社・内宮」である。数年前にも一度初詣に行ったことがあるが、今年は妻と長男Sと3人で行った。途中、あと3kmのところで渋滞に遭い、目的地までなんと2時間もかかってしまう誤算があった。でも、到着して山の中腹にある神社に至る雪の参道を歩くと、そのピンと張りつめた空気と荘厳さに、来て良かったと思う。有名な「黒木鳥居」が見える。鳥居の原形と言われ、日本で唯一と言われている。

これが元伊勢内宮「皇大神社」。天照皇大神が祀ってある。紀元前59年、崇神天皇により創建されたとある。今から2064年前である。その4年後、皇大神は倭(やまと)へお帰りになり、垂仁天皇の時代に、伊勢神宮にお鎮まりになったとある。元伊勢神社から本伊勢神宮へとどのような経緯があったのか?古代のロマンであることには違いない。ああ、また勉強しなくてはならないことが増えた。(^_^;;

神社の横の道をさらに奥に進んでいくと、この日室岳(ひむろだけ)を一望する場所に出る。三角形のピラミッド型の山は見るからに「神の山」である。禁足地なので原生林となっている。

さらに奥へ進む。参道は急な下り坂となり日氷室岳の麓の岩戸渓谷にでる。そこに「天の岩戸神社」がある。あの神隠れの神話となった神社である。

大江町の「元伊勢」で渋滞にあったために、大幅に予定が遅れる。だが、初志貫徹で宮津市・天橋立にある、「元伊勢籠神社」(もといせこのじんじゃ)に向かう。到着するとすでに日はどっぷりと暮れていた。

決して専門ではないが、神社に興味を持って研究されている方は結構いらっしゃるようだ。以前、あるご縁で豊岡市に来られた将棋の米長邦雄さんを案内して、出石神社を案内したことがあるが、全国の神社の由来を研究されている。また、私の大学時代の友人(先輩)は、天皇家の由来を調べに、わざわざ車で但馬、丹波、丹後の神社を訪ねて来たことがあります。その時には、この籠神社にも案内した。
古代の神話や歴史、をあまりにも知らなさ過ぎることを痛感。(^_^;;
勉強しなくてはならない私のテーマに、「日本の歴史」を加えなければならないと確信した初詣であった。
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January 01, 2006

あけましておめでとうございます。
今年も "KOH's VIEW"をよろしくお願いします。

元日の朝は快晴だ! 単純に、何か今年は良いことがありそうだ、良い年になるように頑張ろう、ってそんな気持ちにさせてくれる。

元旦の朝は、お雑煮を家族一緒に食べるところから始まる。お雑煮は各地、各家庭で特徴があるが、我が家では、シンプルにお餅のみがはいっている味噌味の雑煮である。でも、「お餅だけ」なのに雑煮とは変だな。(^_^)

豪華な「おせち料理」。京都・丹後で食料品を販売している友人のHさんから届いた。とても親しい友人であるが、こんなりっぱな「おせち」をここ何年か、毎年頂いている。すべてお店のスタッフの方達が丹誠込めてお料理されている。保存料をいっさい使用していないので、賞味期限は「1月1日」なのである。地域の友人や知人と一緒に、今年はどんな活動をしようか、と食べながら想う。

お雑煮とおせちを頂いた後は、お茶。お正月なので「島台茶碗」を使い、お菓子は「花びら餅」。年末ぎりぎりまで忙しくしているのに、いつ、こんな準備をしたのだろうか? 和服を着た妻がお茶を立ててくれた。初春の陽が指し、静かに1年が始まった。
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December 31, 2005

万年カレンダーを「12月31日(土)」に合わす。年末年始の休日に入っているので、特にカレンダーをあわす必要はないのだが、休みであってもオフィスに来る時は、いつもその日に合わすことにしている。このカレンダーがこの日を現すのは、今日で20回目である。そう、この社屋が完成した年から、このオフィスの壁で年月を刻んでくれている愛着のカレンダーなのだ。

今年もアッと言う間の1年間であった。年末のオフィスで1人、この1年間を振り返る。昨年(’04)の台風の被災からハンガーの工場を復興させた1年であった。新しい工場レイアウト、新たな災害への備え、など以前よりも良くなった面もある。来年は、社員のための職場環境改善を行い、さらに良い工場にして行きたい。
年の暮れも差し迫った12月21日に、ハンガーの販売サイトであるHanger-Networkをリニューアルした。これまでの5年間、私自身が1人で立ち上げ、更新をしてきた。お陰さまで多くのご利用いただくようになり、来年からはスタッフとの共同作業でさらに、さらにスピード・アップ、きめの細かい対応、最新の情報を提供していこう、ユーザーの方、得意先、仕入れ先、社員、関係者の人に感謝しながら、一人いるオフィスで心に誓った。
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December 30, 2005

今日は、お正月を迎える準備の日。和室では、お正月にお茶ができるように、お茶道具を出し、毛氈を敷き、掛け軸を変えた。合間に一服、お茶をいただく。できるだけ日常のなかで、お茶やお花、などを楽しみたいと思っている。と言っても、私は恥ずかしながら、これまで関心も低く、楽しみ方もよく知らない。妻がお茶をやっているので、これからは四季折々、できるだけ気軽に日本の文化も再認識しながら楽しみたい思う。

年末の行事と言えば、毎年12月30日にお餅つきをする。我が家は、ずっと継続してお餅つきは行なっている。私が子供の頃は、祖父と祖母がお餅をつき、母や私たち兄弟がお持ちを丸める役目。なぜか、父は余り登場しない。祖父は80歳を超えてもお餅をついた。やがて祖父が亡くなり、父を飛び越えて私が餅をつく役割になった。そして、現在は息子が帰郷している時には、息子がやるようになった。

つき上がったお餅は、熱いうちに丸めていく。母が登場し、たまたま用事があってやってきた友人も参加してお持ちを丸めていく。母を除いて、みんなあまり上手くない。いびつになったお餅が出来上がっていく。(^_^;; でも、家族や友人がみんな参加することに意義あり!なのだ。
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December 27, 2005

兵庫県・豊岡市の行政改革の一貫として、市役所全職員を対象とした講演会があった。私は豊岡市の行政改革委員の立場で参加した。豊岡市の職員を半分ずつ2班に分けて、13:30からと15:30から行なわれた。冒頭、中貝豊岡市長(写真)が「なぜ、今、改革が必要なのか」と言う今日のテーマについて所信の表明があった。「どう言う危機なのか?なぜ、そうなのか?の危機意識を共有すること」「自立を求められている。つまり、これからの自治とは自分達の身銭(お金、人、資源など)で行なうことである」「三位一体改革で所得税(国)減、住民税(地方自治体)増となるから、市民の当事者意識は高まる」などの内容であった。市長は第1回の行革委員会で「本気で取り組む」と言っていたことを思い出した。今日の講演の中で他の自治体の過去の例を引き合いに出して「行革やりすぎると次の選挙が危うくなる」とのお話があったが、市長にはそれぐらい覚悟してやってもらいたいと思う。そういう市長を応援したい。

講師は、関西学院大学専門職大学院・経営戦略研究科教授の石原俊彦氏(写真)。石原先生は、豊岡市の行革委員会の委員長でもある。石原先生は、すでに全国の多くの自治体の行革を指導され、取り組んだ市は大きな成果をあげている行革の第一人者である。「良き時代(右肩上がり)は、行政は変えないことが大切であった。つまり、行政管理とは変えないことであった。厳しい時代(右肩下がり)は、行政は変えること、変わる、ことが大切。つまり、経営とは変えることである。」「行政は管理から経営へ。戦略的発想が大切になってくる」など。三重県、島根県、岡山市、名古屋市などの改革の事例を交えながら、分かりやすく、ストレートに、本音で語っていただいた。とても刺激になり、これからの豊岡市行革に対して多いに参考になった。聞いていた職員の方達はどうであったろうか。
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December 20, 2005

東京・麹町にあるグロービスに立ち寄った。来年の受講科目の確認とグロービス代表の堀さんに来春、講演を依頼しているのでその準備とで訪問した。私は、グロービス・マネージメント・スクール(GMS)で2001年4月期から1期(3ヶ月)1教科ずつ受講してきた。現在、基本となるメインの7つの教科(Critical Thinking, Finace, Accounting, Marketing, Corporate Strategy, Human Resource Management, Entrepreneurial Leadership)を受講したが、次をどうしようかと思案中。

GMSができて13年目。ハーバード経営大学院で使用されている事例(ケース)をもとに、ディスカッションするケース・メソッドが特徴的である。すでに延べ2万人の受講生が学んでいる。30代〜40代、人達が多いがみんなそれぞれの企業の最前線で活躍している有能なビジネスマンばかり。アフター・クラスのビール1杯の時間がまた刺激的なのだ。(^_^)

先月、文科省の認可を取得して、いよいよ来年4月より「グロービス経営大学院」がスタートする。グロービス代表・堀さんが目標としてきた「アジアNo.1のビジネススクールを目指す」ステップが動き出した。既に経営者として頑張っている人も、論理的思考、意思決定プロセス、など一から経営を見つめ直してみるのも大切なことだと思う。立場、年齢、環境を超え、いつも学ぶ姿勢を忘れずにいたいものですね。お互いに頑張りましょう。
■堀さんのブログ
堀義人blog 「起業家の風景」
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December 01, 2005
今日から師走。年末が近づき何かと慌しく、来年の準備も気になるところ。来年のカレンダーやスケジュール帳も気になる季節。仕事、プライベイト、備忘録、メモ、などをどのように管理するのかは、各人それぞれ工夫をされていると思う。私にとってはスケジュール帳は肌身離さず持ち歩く必需品です。だから、それなりにこだわりがある。過去にいろんな手帳を試してみたが、この「エグゼクティブ・ツイン(パスポートサイズ、黒革カバー」(生産性手帳)の「差し替え用」を購入するのは6回目になる。365日ほとんど毎日私のポケットに入っているのでカバーが擦り切れてきたので、今年は、カバーも新調した。ネームも入れた。(^_^)v
手帳はポケットサイズが良い。しかも、ハードに使用してもページの綴じ糸がしっかりしていて頑丈なものでないといけない。ノート・サイズや私の好きな野口悠紀雄氏の「超・整理手帳」も2年ぐらい使用したことがあるが、どうもしっくり来ない。問題はサイズなのだ。何かで読んだ次の言葉が決め手となった。「手帳はジーパンの後ろポケットに入るもの」。これは上着は脱いだり、夏はTシャツの時もあるだろうが、まさかジーパン(各パンツ)を脱ぐことはないでしょ、と言う意味だ。つまり、「手帳は肌身離さず持っていたい」と言うことなのだ。特にプライベートの週末や海外での行動では実感する。私はポシェットを持ち歩かない。特に海外では「貴重品入れ」のターゲットとなって危険だ。ポケットに入る「これ、1冊」で済む手帳が必要となる。左ページは、1週間のスケジュールが一覧できる。右側ページは普通の罫線入りのページ。ここには、訪問先のアドレス、フライト・スケジュール、パスポート・ナンバー、浮かんだアイデア、レストランの電話番号、その時に進行中の関係者の連絡先、など何でもドンドン書き込んでいく。左の日付との整合性など気にしない。どちらかのページが先行しながら進んでいくが、不思議と1年終わってみると、左右の使用ページが一致する。これがホントの「帳尻が合う」ってことなんでしょうかね。(笑)
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November 29, 2005

豊岡市・神鍋高原でペンションや民宿を経営している女性達を対象にした料理講習会にちょっとお邪魔させていただいた。講師は、北村光世先生。あえて、「先生」と書いたのは、私の妻の大学時代の恩師だからです。スペイン語の教授でしたが、その後、イタリア料理を中心に、地中海食文化、ハーブ料理などを日本に積極的に紹介されている。NHKの番組にも何度も出演されているからご存知の方も多いと思う。今日のメニューは、トスカーナ風 白インゲン豆の煮物、ライスサラダ、ネギのブルスケッタ、イカのイタリア風、オリーブオイルのオートミールクッキー、ハイビスカスティーである。私は料理は決して上手でもマメにやる方でもないが、それでも北村先生のハーブ料理は時々やってみる。素材を大切にし、シンプルで、素早くできるのが良い。いやいや、それよりも何よりも、 「最高に美味しい!」のです。(^_^)/ 光世先生が提唱する「スローなファーストフード」を皆さんにもお勧めします!

北村先生には、ビジネスでもプライベイトでも大変お世話になっている。ビジネスでは、 「但馬クラフト」と言うブランドで木のお皿、カッティング・ボード、調味料入れ、などを企画・製造・販売した時に、多くの貴重なアドバイスとアイデアをいただいた。また、北村先生がイタリアのパルマに家を購入され、そこを拠点に日伊文化交流を主催されているが、そのお手伝いもさせていただこともある。パルマ特産のパルメジャーノ・レジャーノ・チーズ、プロシュート(生ハム)などの生産現場を案内していただいた。それは、私の家では毎日の食事、食材、料理、を大切にしよう、考えてみよう、と言う大きなきっかけとなっている。「食は文化なり」を見事に実現し、異文化の橋渡しをされている北村先生である。
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November 25, 2005

舞鶴は初めての訪問だ。私の住む豊岡市とは、同じ日本海側の町なのに府県が異なるせいか、あまりご縁がなかった。今回の勉強会はJR西舞鶴駅構内の会議室。駅の会議室??と若干疑問に持ったが、行ってみると納得。西舞鶴駅は外周がガラスに覆われたモダンなステーションである。駅の中には、地元の産品の展示、小ホール、会議室、など多目的利用されている。4年前に完成したそうです。

京都中小企業家同友会舞鶴支部の11月例会の講師(^ ^;; として招かれた。8月に納税協会の大会で講演させていただいたのがご縁で呼ばれた。テーマは「ハンガーでネットワーク」 。まず、私の会社とハンガー業界の概要を新カタログを提示しながら説明させていただいた。次に、ハンガーのインターネット販売(Hanger-Network)がとても好評である、その秘訣。私が経営で実践していること、人生で大切にしていること、そして、このブログ KOH's VIEWにまつわる楽しい話などをさせていただいた。1時間のお話の後、メンバーの皆さんと質疑応答、議論ができてことで、私自身が返っていい勉強をさせていただいた。西舞鶴の皆さん、ありがとうございました。
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November 14, 2005

「京都ギリシャローマ美術館の集い」に参加した。講師は原田憲一氏。テーマは「土と命と環境」。今回の勉強会出席のいきさつは、友人より原田先生のご講演があるとの連絡を受け、急遽参加させていただいた。聴講者は、講師のご友人や美術館オーナーのご友人、学者、環境問題に興味のある方、など様々。会場は美術館4階の部屋。ギリシャローマの美術品に囲まれながら、とても知的な時間を過ごす。地球のこと、環境のこと、ギリシャ・ローマ時代のこと。ああ、いつかやりたい、やらなくてはならない「テーマ」が目の前にはっきりした。勉強、そう勉強しなくっちゃあ。

来年、原田先生には、ある講演会の講師のお願いをすることになってる。地質学の専門である原田先生は、地球の誕生、生命の誕生、から始まり、土が動植物の生命維持で重要であることを、とても分かりやすい言葉で語ってくれる。そして最後には、「生きること」と「死ぬこと」の不思議、「人間の使命」、「地球環境を考えることは将来世代を救い、次なる知的生命体に受け継がれるのだ」と言う、お話に至る。46億年前の地球誕生から、現代の身近な事柄、そして1億年先の地球まで、知的で壮大な旅であった。素晴らしい時間を与えていただいた先生と美術館に感謝である。
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November 08, 2005

新しいiPod(60GB)を購入した。初期のiPod(40GB)に引き続き2機目である。決して新しいもの好きで新製品に飛びついた訳ではない。これには深い訳がある。実は従来の愛用iPodは、今も健在である。しかし、基地となっていたiTunesが入っているパソコンが突然クラッシュ!動かなくなってしまったのだ。(t_t) 現在、2つあったハードディスクを修理に出し、何とかデータだけは、取り出そうと業者に委託中である。仮に修理できたとしても、既にレコード約300枚、CDが3000曲以上入っているので、40GBのiPodの要領は90%が埋まっている。そこで、今後の予定(まだデジタル化していない600枚以上のジャズ・レコードがある)を考えて、1台を追加し、2機を使い分けようと考えた。

技術はどんどん進歩する。20ミリの厚みが14ミリになり、より軽量化。液晶画面も一回り大きい。今度は画像、DVDもOKだが、おそらく私はせっせと音楽をいっぱい詰め込むであろう。現在の私の構想は、古い機種はレコード(もちろんデジタル化した)専用で曲を入れ、新機種は、手持ちのCD曲(新たにフェイバリット曲を選曲して)と今後はiTunes Music Store等で購入した新曲を入れて行こうかと、今後の楽しみが膨らむ。(^_^)
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October 22, 2005

ご安心を。プルトニウムとは全く関連ありません。(^_^)。デスクのL字コーナーにとても便利なグッズなのです。実は、この「プルト60」は、10年ぐらい前にあるショップで見掛けて知っていた。その存在感と機能性でとても印象に残っていた。今回、iMacG5導入に合わせて、自宅デスク周りを模様替えをした際に、コーナーの有効活用が必要となった。そこで思い出したのが、この「プルト60」である。この製品は、インテリアシステム「ip20」と言うドイツで設計・デザインされたものである。東京・表参道のショールームで購入した。

まず、表面が本革張りで、重量感があるのが良い。手をおいても、書いても、マウスを操作しても、ドッシリとした安定感、適度のザラザラ感が気持ち良い。別に、コーナーでなくても、表面が凸凹でデスクに向かないテーブルや机にデスクマットととして使用するのも良い。今、10年越しの思いを実現したような気持ちで使っている。(^_^)
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October 20, 2005

水害を体験した人も、当時は自分のことと身の回りのことだけで精いっぱいだったはずだ。決壊がどのように生じ、水没がどのように始まったか、全体像を理解してこそ、惨禍をしっかりと記憶にとどめることができる。記憶は知恵となり、伝承となって後世に引き継がれていくだろう。記録は繰り返し読まれ、記憶を新たにすることに役立つだろう。
『円山川決壊』 神戸新聞但馬総局・編 「はじめに」より
昨年(2004年)10月20日、台風23号は13:00ごろ高知県に上陸し、淡路を通り、18:00ごろ大阪に再上陸した。但馬地方では豊岡市を中心に大洪水となり大きな被害がでた。
この本の23ページの写真に、私の会社の工場が写っている。20日16:40とある。工場前の道路が冠水し、一部住宅の浸水が始まった時間帯である。その後、さらに水位は2.5m以上、上がることになる。
自宅も会社(工場)もどちらも浸水し、大被害を受けた。父、祖父、いやもっと以前を含めてもそのようなことは聞いたことがない。初めての経験である。自宅は半地下と言うこともあり、1.5m床上浸水。工場は約3m(!!)の浸水で、機械、仕掛り、製品、全滅である。
被災後の復旧には、多くの人に助けていただいた。これほど、友人・知人・仕事を通じた関係者のありがた味を感じたことはない。1年が経ち、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。この1年間、ひとときも感謝の気持ちを忘れたことはないし、これからも心に刻んでいようと思う。
そして、災害に対する経験を自分自身のリスク管理に生かし、機会があれば、周囲の人に伝えていきたいと思う。
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October 18, 2005

突然、自宅のデスクトップが壊れた。音楽も画像も他のファイルもいっぱい入っているので大変困っている。それについての記述は別の機会に譲るとして、ともかく、新しいパソコンが必要となり、今回初めて、マックを使ってみることにした。機種は"iMacG5" 。これが大正解!ともかく楽しいのだ。音楽好きの私にとって、iPodとiTunesは必需品。それにデジカメの画像処理もサクサク気持ちいい。ディスプレイと本体が合体していて、シンプルなデザインも嬉しい。

オフィスのデスクトップ(ビジネス・ファイル、社内LAN)、ノート・パソコン(主にメール)、そして自宅のデスクトップ(プライベイトとビジネスと併用)と3つのパソコンを使いこなすのが私のスタイルだが、結構これが大変なのだ。今回の選択はビジネスとプライベイトを分けて、自宅デスクトップは、音楽、画像、映像、インターネットなどプライベイトに特化。だから思い切ってiMacG5にしてみた。これがなかなかGood Choiceであった。
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October 11, 2005
私の住んでいる町・豊岡市の「行政改革委員会」に出席した。豊岡市は今年の4月に隣接する1市5町が合併して誕生した。人口9万3,000人弱の兵庫県北部の中心の市である。
委員は、市内から9名。(男性5名、女性4名)。市外からは、「行革」のエキスパートの大学教授、公認会計士の2名。合計11人のメンバーである。
委員会の冒頭、一人ひとり「辞令」を中貝市長から受け取る。市長はあいさつ中で、「本気で行革に取り組むこと」「危機意識の共有」を力説。市長の言葉(コミットメント)を信じて活動しようと決意した。(市長は高校時代のクラスメイト。彼の性格は知っているつもりだ)
私は、推薦を受け委員に任命された。しかし、行政のことは分からないことばかりなので、しっかりと勉強もしながら、委員として、何よりも豊岡市民として役割を果たしたいと思っています。
歳入が減り、歳出が増える。つまり、全国のほとんどの地方自治体は財政悪化の流れの中にいる。「少子高齢化」は、税収の減少と福祉・医療費の増加を意味することは容易に想像できるが、すべてをそこに負わしても何も解決しない。
自治体自体の組織、仕事、給与などの仕組みの見直し、社会資本の運営、管理手法の見直しなど、大胆、且つ、きめ細かく見ていくことが、遠回りのようで近道なのかもしれない。
私は、経済人(経営者)としての立場で選出されたと思っている。自分の会社のリストラクチャリングも経験した。その経験も活かせればいいと思うが、「削る」ばかりではなく、地域財産(ヒト・モノ・カネ・チエ)の再構築による、財政の基盤強化も提案してみたい。
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October 09, 2005

以前から、生ゴミの処理は「私の仕事」である。自分たちの食事から発生した生ゴミを、自分で処理し、処理後の生ゴミを有機肥料として、庭のハーブや野菜を育てるのに利用する。ゴミの循環に興味があり、10年ぐらい前に始めたものだが、毎日が気持ち良いものだ。
生ゴミ処理機が壊れたので新しいものと交換して1ヶ月が経つ。新しいのは、その名もズバリ、ナショナルの「生ゴミ処理機MS-N47」。「乾燥方式」なので基材(バイオ菌)などが不要、中ぐらいのゴミ箱ほどのコンパクトな大きさ。

処理後の生ゴミは信じられないほど少量になる。説明書によると約700g(4人家族の1日あたりの平均的な生ゴミ量)の処理時間は1時間45分。処理後のゴミは10日間に1回程度とある。我が家では、充分2週間以上は保つ。匂いは、ふたを開けた時にほんの少しするが、嫌な匂いとはことなり、全く問題なし。

捨てるのも非常に簡単。小型バケツのような内側容器を取り出し、ただ、ひっくり返すとサラサラと捨てられる。私は後日、肥料として活用するつもりなので、黒のビニール袋に捨てることにしている。乾燥しているので、捨てた後の容器にはゴミがこびりつかないのが気持ちいい。

壊れた生ゴミ処理機「日立 バイオ式生ゴミ処理機 パックン BGD200」。10年近く使用して来た「愛用機」である。今回、2枚ある撹拌用のハネが1枚折れてしまった。この処理機は、バイオ式なので基材が必要であったが、処理後の生ゴミはとても良い有機肥料にもなった。難点は、空気の循環が悪くなると基材がベトつき、交換する時に、やや手間がかかる。魚・肉系が多いときは若干匂いがきつい、などである。
今回は、他の方式と比較するために、あえて、「乾燥方式」を選んでみた。処理時の音、電気の使用量など気になる点を確かめながら使用してみることにしよう。
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September 08, 2005

9月7日夜、若手起業家が中心になって立ち上げたYES! PROJECTのイベントに参加した。場所はこのプロジェクトの発起人代表の堀さんのグロービスの教室。2部構成でパネルディスカッションが進む。第1部は、発起人にも名を連ねる5人の起業家達による討論。投票にいくモチベーション、1票で何ができるのか、マスメディアの選挙報道について、など意見が出される。当然のことながらインターネットを利用した、候補者の主張発信や有権者の世論調査などを最大限に活用すべし、で全員同意。そこで、立ちはだかる壁は「公職選挙法」であることが明らかになり、公選法の改正に立ち上がろうと、今後のYES!活動の指針も示された。

こちらは第2部。自民党、民主党の若手参議院議員とYES代表の堀さん、そして北川正恭(早稲田大学教授・元三重県知事)によるパネルディスカッション。マニフェストの浸透、官僚の壁、自民の党改革の実際、民主党の文章主義(Political Appoint)、などそれぞれの党の最前線の取り組みを聞いた。政権交代を視野に入れた2つの政党の政策が切磋琢磨され、これからの日本の政治が進むのだと言う、期待が持てる。
北川さんは、元祖マニフェスト。さすがにこれまでの政治家としての活動や啓蒙活動、そして教育者としてのキャリアを踏まえての発言は重い。日本を変えるのは、政治家ではなく、国民(有権者)である。投票行動は、突き詰めていくと、小さい頃の教育や、社会環境、文化にたどり着く。みんなが変わるために、まず自分が変わらなければならない、とのご意見に大納得してイベントは終わった。
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September 01, 2005

グロービス代表の堀さんが発起人になって始まった『YES! PROJECT』。最初に堀さんの思いをご紹介します。
1) 選挙に行こう。
2) 改革を実現しよう。
3) もっと発言しよう。
これを若手起業家の仲間とともに訴えようと思う。名づけて、Young Entre preneur Society(YES)とでもしようかと思っている。
今、若手起業家の多くは、ブログを書いている。かなりの発言力を持ち始めている。 現在、選挙に行っていないのは、20代から30代である。ちょうどブログの読者が その年齢にあたる。その方々に、上記3つを訴えていこうと思っている。
いわゆる、「YES運動」である。
選挙に行きますか? YES!
改革をしたいですか? YES!
もっと発言しますか? YES!
この3つだけを訴えて行きたいと思う。
もしも、今まで選挙に行かなかった人々が、政治に参加するようになると世の中は大きく変わるであろう。そういった方々にもさまざまな意見に触れる機会をつくり、判 断する材料を提示する必要があると思う。
僕ら若手起業家からもどんどん意見を発信していこうと思っている。今、動けば世の中が本当に変わる気がしている。いや、僕らの手で変えないといけないのである。
願わくば、もっと多くの方々に発言してもらいたいと思う。この日本の将来を背負っていくのは、われわれだという自覚を胸に。
グロービス代表 堀義人
コラム:衆議院院選挙に向けて、若手起業家からの提言- 「YES運動」より
私は『YES! PROJECT』に賛同します。これまで表立って選挙運動に関ったことはないが、一市民として投票は必ずしてきた。しかし、これまでの選挙は、候補者(政党)の公約も曖昧なものであったり、議論をしたりする仲間が必ずしも存在しなかったこともあり、モヤモヤした気持ちを持ちながら投票所に向かったのも事実だ。
『YES! PROJECT』は、特定の政党(候補者)を支援するものではない。選挙の争点についてお互いの意見を述べ合い、議論を深め、これからの日本の方向を積極的に決めていく『市民運動』である。
是非、『YES! PROJECT』のページを見てください。できれば発言してください。そして、投票に行きましょう。
『郵政民営化』に私は大賛成である。「郵政に対して、自民党は賛成、民主党は反対」であるが、中身(実効性)は、実際はどちらの党の主張にあるのだろうか?郵政民営化を改革のシンボル(原動力)として見るのか、郵貯・簡保を実質的に早急に減額することが大切なのか、そんなところを見極めた上で、投票に行こうと思う。
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August 21, 2005

豊岡市市民環境大学の講義があった。今年のテーマは「環境と住まい」だそうだ。左官の久住章さんをお呼びし、久住さんの手がけた壁を実際に見ながら講義を受けよう、と言うことで会場をご提供させていただいた。久住章さんは知る人ぞ知る「日本一の左官屋さん」。今日のお話を聞いて、改めてそう思ったのは私だけではなく、講義に参加されていた方みなさん納得、と言うところではないでしょうか。

スライド説明する久住さん。左官と言うと、土蔵、古い民家の土壁、などを連想する。しかし、久住さんの話はワールドワイドである。「土と住居」と言うテーマで、登場するのは、ヨーロッパはドイツ、オーストリア、イタリア、アフリカのマリ、南米のペルー、中米ではメキシコ、北米ではサンタフェ。もちろん日本の土壁もいっぱい登場する。

久住さんが手掛けた実際の壁の説明に入る。正面の壁は「長スサ壁」(右側)と外部はそれの「掻き落とし」(左側)。囲炉裏は漆喰の「大津壁」。床は久住さんがINAXの依頼で開発した「たたきブロック」(加熱しないで圧力で固めた土ブロック)。

「桂離宮の切り返し仕上げ」。久住さんは実際に桂離宮の壁の修復を行ないました。また、久住さんは日本の伝統的左官技術ばかりではなく、イタリア、ドイツの技法、さらには久住さんの独創的な仕上げなど幅広い。「伝統は革新の連続である」と言い切る久住さんの話は、左官と言う技術論にとどまらず、芸術、哲学、世界観、歴史観、人生観、に通じる。
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August 14, 2005

グロービス・マネージメント・スクール(GMS)の「企業家リーダーシップ」(アントレプレナーシップ)の受講生を対象にした同窓会バーベキューがあった。場所はグロービス代表の堀さんの別荘。私自身は昨年に引き続き2回目の参加。場所(軽井沢で別荘を見つけるのは大変なのだ)や様子がわかっているので、とてもリラックスした気持ちで楽しんだ。

この日に終了した「アントレ夏合宿」の皆さんとも合流して、バーベキューが始まる。アントレのケース・スタディに取り上げられたM氏も、合宿の続きで参加されていた。昨年は冬の高野山にも連れて行っていただいたので、再会できたのがとても嬉しい。

軽井沢の午後のひと時、会話が弾む。終わりたてのクラスの話、起業(ベンチャー)の話、美術の話、4人の子供を持つ堀さんの友達ファミリーも参加しているので、子供たちが別荘中を飛び回っているのでなんとも賑やかである。ホットな話題は、衆議院解散。リーダーシップのクラスなので、小泉首相のリーダーとしての資質について議論。これも生の現在進行形のケース・スタディだ。起業家(企業家)は、「構造改革推進派」が絶対多数である。
私は東京の5期。同期のNさんとKさんの顔も見える。Nさんのビジネスは画廊。今年も画家・岡野博さん夫妻とも再会できた。秋にはオーナーズ・クラブが開催されるそうだから、ぜひ、行ってみたい。
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August 04, 2005

「未読本」をどこに置いておくのかは、私にとって長年の懸案事項であった。「そんなのどこでもいいじゃん」と言う人もいるだろうが、未読本の数が増えるとそうはいかなくなる。「ドンドン読んでしまったらいいじゃん」と言われてしまうと、「むむむっー 、 、 」返事に詰まってしまう。(^_^;; そんな私に「優れモノ」が手に入った。それがこのSapiens。私は「通販生活」のショップで初めて見掛けて、その場で衝動的に購入してしまいました。その後、ネットで検索してみると結構人気商品なんですね。同じ悩みを持つ同胞が多いんだと納得!

未読本を本棚に入れると、既読と未読の判別がだんだんと付きにくくなってくる。しかも、納まりがいいので「よまなければ」と言うモチベーションが上がってこない。かと言って、デスクの横に積んで置けるほどの半端な未読本の冊数ではない。(^_^;;
妻も「本好き」なので我が家の本の数は半端ではない。専用の書庫を別の階に持つが、直近で読んだ本はしばらく身近に置いておきたい。後ろの本棚は2年前に購入したが、既に満杯状態。どうしようかと悩みは続く。
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July 26, 2005

iPod。それは私の生活のスタイルを変えた「生活必需品」である。もともと小さい頃から音楽好き。大学時代にはジャズやロックのレコードをたくさん購入し、毎日聴いていた。そのレコードは、プレーヤーのある部屋でしか聴けないので聴く機会が激減。もっと聴き、楽しむためにCDに録音を始めていた。しかし所詮、そのCDも聴きたいときに持っていないとどうにもならない。それらを一気に解決してくれたのが、このiPodである。理論上、40GBの記憶容量でレコード1000枚分が入る。私の持っている量とちょうどである。

朝はベッド横で「目覚まし時計」の役割。お気に入りの音楽で起こしてくれる。オフィスでは、有線放送で音楽が鳴っているので使用することはないが、別室で集中するときなどには、このiPodで好きな曲を聴く。毎晩ではないが、夕食時や夕食後のひと時にはリビングのオーディオを使ってiPodが鳴る。ベッドでは、本を読みながら寝るのが習慣。横では当然、タイマーをかけたiPodが鳴っている。

家以外でも大活躍。愛車の中にも、自前で工夫を凝らしてiPodを装着。これでロング・ドライブの楽しさが増大。さらに、新幹線や列車での移動もヘッドホンでiPod。ホテルに宿泊しても、就寝と起床にはiPodが大活躍してくれる。
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July 04, 2005

ハゼノキ(ウルシ科)
平地でハゼほど鮮やかに紅葉する木は少ない。ウルシ科なのでかぶれるため、やたらには勧められないが、紅葉期に出会えば、植えてみたくなろう。江戸時代は果実から蝋をとり、ろうそくを作った。現在ろうそくは石油製品のパラフィンとなり、ハゼロウは、和ろうそくに細々と使われる。
『花おりおり その二』 湯浅浩史・著

このハゼノキの幼木は、岡山県の『閑谷学校』を訪問したときに購入。実際に『閑谷学校』のハゼノキの種から発芽したもの。『閑谷学校』は寛文10年(1670)に、備前藩主池田光政が庶民教育を目的に開いた学校。明治維新後は、旧制中学、新制高校となり、多くの偉人を輩出している。時代を超えた「学びの舎」。一生涯学ぶことを忘れたくない。この木を末永く育ててみよう。

閑谷学校の中にある孔子を祀る「聖廟」の前にあるハゼノキ。別名、「楷の木」「トネリコバハゼノキ」とも呼ばれている。中国曲阜の孔子林の実をとって育てられ、この地に移植されたと伝えられている。秋の紅葉が格別に美しいのだそうだ。
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June 05, 2005

昨日のブログの続き。我が家にはペンシルベニア大学建築学部の学生が毎年訪れる。古今の日本建築探訪の途中に立ち寄ってくれる。夜は食事を共にするのが慣わしになっているが、そのお礼に学生から、我が家を描いたスケッチを頂く。

1994年に始まって、1年だけブランクがあったけど、スケッチ集も昨日で11冊になった。

スケッチ集は、写経用の帳面(?)に、それぞれ描いたスケッチを貼って作られる。広げると2mにもなる大作である。

食事の前に1時間ほど、思い思いの場所に行き、スケッチをする。描き方は自由だが、それぞれ個性が出る。指導している丸山氏の影響と、日本の文化を意識して、筆で描く学生も多い。

丸山氏は、彼らが本当に日本建築の良さを学び取り、将来すばらしい建築家が輩出してくれることを願っている。毎年彼らの世話をして日本国中を周る「授業」は心身ともに大変な苦労もあると思いますが、丸山氏の建築への熱き情熱がペン大の学生を通じていつか大きく花咲く日がきっと来ると信じています。我が家も「良き日本」を世界に伝える小さなお手伝いが出来れば幸いです。
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June 04, 2005

ペンシルベニア大学建築学部の学生達17名がやって来た。毎年、6月の初めに「U.Penn. Summer Studio in Japan」と言うペン大の建築を志す学生達が日本の建築を学びにやって来る。ツアーに同行して指導しているのはアトリエ・モビルの丸山欣也氏。ペン大でも教鞭をとっている。丸山氏とは15年来のお付き合いである。我が家では、いつも夕食を準備して彼らを向かえることにしています。約40日に渡って、安い宿、コンビニの弁当などで日本中を旅して回る彼らに、気持ちばかりのオアシスを提供できれば幸いかなと言う思いである。

彼らは行く先々で必ずスケッチをする。これは象設計集団、そしてチームzooの慣わしか?我が家は象設計集団に建築設計をお願いしたが、地域調査の時にはスケッチをいっぱい描いていた。

彼らは既に、京都、奈良、飛騨高山、白川郷、伊勢、淡路島、沖縄の訪問を終えている。昨日と今日の2晩は、友人B氏の古民家に泊めていただいている。

今日は、丹後半島を見学して来たそうだ。舟屋で有名な小さな港町、伊根町は毎年訪問する定番コース。明日は、神鍋高原の温泉「ゆとろぎ」(象設計集団)、「植村直己冒険館」(栗生明)、今年3月にオープンしたばかりの「但馬国府・国分寺館」(栗生明)などを見学する。

ペン大の訪問は1994年から続いている。彼らは一人一人我が家のスケッチをして、それを1冊のブックにまとめてくれてプレゼントしてくれる。それがもう12冊。我が家の宝物である。
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May 24, 2005

今日は倉敷にいる。昨年の台風23号の被災時にお世話になったM夫妻、O夫妻を訪ねた。その時に、大変ご心配をいただき、食料などの差し入れを頂いた知人である。M夫妻、アメリカの友人、そして私と妻。みんな一緒にO夫婦がやっている『季節を食べるところ』を訪問しました。

前菜は野菜サラダ。野菜のほとんどはO氏自らが育てている。当然ながら有機栽培、無農薬である。そして『ポークカツ』。しかし、そんじょそこらの豚カツとは違う。新見市で特別に飼育した豚の肉を使っている。バーニャ・カウダ、パスタ、そしてピザ。どのお料理も厳選した材料を使ったこだわりのお料理ばかりである。自然好きのご夫妻がやっている「知る人ぞ知る」最高のお料理ばかり。

O夫妻とは、3年前にイタリアのパルマでチーズのパルメジャーノレジャーノ、プロシュートの産地を一緒に見学した知人。M夫妻は、倉敷の造り酒屋、そして美味しいものを全国、いや海外からも集めて販売をして平翠軒のオーナー。そして、先週から来日しているアメリカ・テキサス大学建築学部の教授Gさん。食と歴史と文化の話が夜遅くまで続く。
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May 07, 2005

かつて祖父母が住んでいた家の片づけをした。30年前、この家は川渕(堤防の向こう)に立っていた。私が小学生の頃の夏休み、この家に行くのが楽しみだった。いつも川から涼しい川風が流れていた縁側。そこで寝そべっていると、鮎釣りをしている祖父と父が見えた。

大正5年に祖父が商売を始めた。小さな荒物屋だ。祖父は、こつこつと生真面目に商売を積み重ねて行くタイプだと私は勝手に想像している。祖父がどんな思いでこの看板「確実大勉強」を軒下に掛けたのだろう?とうとう祖父から直接、商売の話を聞くことはなかったが、私はこの看板を見るたびに、祖父を思い出し、「商売の原点」に立ち戻ろうと思う。

この部屋は祖父の部屋。祖父が14年前に亡くなってからは、虫が食った古い書類や書物で一杯。祖父は、2人の息子を第2次世界大戦で亡くした。フィリピン沖とビルマ。「出征の寄せ書き」と「香典帳」が一つの箱に入っていた。祖父はどんな気持ちで戦後を過ごしたのだろうか。一人残った息子が私の父。そしてその父も3年前に亡くなった。3日前の「古いものを大切に」の言葉を思い出した。
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May 06, 2005

久住章の鏝
現代の名工・久住章は、道具揃えにも一方ならぬ才能を発揮する。鏝は腹を使うことが基本であるが、鬼才は角の切れを重視した。偏りのない揃えは匠の天才ぶりを示す。
大工を支えた工人達~「左官とその道具展」 竹中大工道具館

神戸の『竹中大工道具館』を訪ねた。目的は、開催中の『大工を支えた工人達~左官とその道具展』で紹介されている久住章さん の左官道具を見学するため。久住さんとは、13年前、自宅の土壁を塗っていただいて以来のお付き合い。いつお会いしても楽しい方。(^_^)「職人」は気難しいと言う印象を持ちますが、久住さんには全く当てはまらない。それどころか日本の歴史、文化、建築様式、それにとどまらず、ヨーロッパの建築様式や技術、最新情報など、世界中の左官・建築・文化などに精通されている。
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April 28, 2005

《老廃物を出し切れば「痛み」と「コリ」はなくなる》
私たちの住んでいる日本という国は、湿気が世界一多い国だといわれます。からだの水分は、おしっこや大便、汗だけでなく、皮膚の毛穴からも蒸発して排泄していますが、湿気の多い環境だと、皮膚からの蒸発と言う水分の排泄ができず、体内に溜まりやすい。だから欧米の人に比べて近眼も多く、年を取るとむくみやすく、関節に水が溜まったりしやすいのです。そしてまた、米中心の食習慣から欧米に比べて大腸が1メートルも長いという肉体的な宿命を持っています。そのため大腸内に大量の滞留便を溜め込みやすく、その結果腰痛になりやすいのです。
『自力整体・整食法』 矢上裕・著 新生出版社
肩こりや腰痛には、特にお奨めです。ここ何年も肩こりを和らげるにはどうしたら良いのだろうと悩み続けてきた。そいて、2年前に書店で偶然出合った本がこの本です。半信半疑、ともかくやり始めてみた。それがなかなか良いのだ。毎日とは行かないが、週に2回するだけでも全く体調が違う。
合わせて、「生食法」の記述がある。寝る前の胃を空っぽにする「空腹睡眠」、朝食を摂らない「滞留便排除法」、運動・労働は空腹でと説く「空腹運動労働法」など、興味深い内容である。私は朝食を摂らないことと、空腹運動を実践している。
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April 21, 2005

経営者(専務、社長)として20年以上が経つ。創業者(父)の後継者として、「当然のように」経営を引き継いだ。中小企業経営のやりがい、喜び、困難、苦労などは、父の姿を通して知り、、自分自身も「経営マインド」の重要さは体験してきました。しかし、「経営のプロとしてのスキル」を基礎から学びたいと、以前からずっと考えていました。そこで出した結論は、 「MBAのエッセンスを学ぶ」でした。資格が目的ではなく、「学び」を通じて自らの能力アップと会社の成長を図ろうと考えました。

そこで迷わず「グロービス・マネージメント・スクール」の門を叩いた。これは大正解!!。グロービスでは、30~40代を中心としたたくさんのビジネス・パーソンが真剣に学んでいる。教材はハーバード・ビジネス・スクールのケース・スタディを使いながら、20人前後のクラスで議論していく。

2週間に1ケースのペースだが、その準備はなかなかハード。2回目のレポートを提出し、最後のケースを議論して、一つの教科が終わる。苦労した分、達成感を味わう瞬間は最高の気分。この後は、もちろんビールで乾杯。学びを通じて、個人的にもビジネス関連としても、良き仲間が生まれます。
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April 20, 2005

今、大変気に入っているものがある。このメガネ・ホルダー。たまたま立ち読みしていたサライで見つけたグッズ。ちょうど東京出張に出かけたのでさっそくそのショップに寄ってみた。 "FACIAL INDEX"と言うお店。東京駅から見て丸ビルの裏側の道を有楽町よりに50mぐらい行ったところにある。横はバッグのTUMIの直営店です。私のメガネはいつも銀座999,9でお世話になっているが、メガネケースやメガネホルダ-で気に入ったものをまだ見かけていなかった。

私の視力は軽めの近眼。もともとそんなに悪い方ではなかったのですが、最近、近眼と遠視の二つのメガネを使い分けしたなくてはいけなくなった。(^_^;; メガネの蔓に装着し、首から吊るすメガネホルダーは、以前からどうも好きになれない。何か良いものがないかな?と探していた私にとって良い発見をしました。(^_^)v ホルダーの装着も簡単であるし、メガネをぶら下げたり、取ったりが想像以上にスムーズです。
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March 01, 2005
さあ、いよいよKOH's VIEWの始まりだ。何をどう書くのか、未だイメージが固まっていないけど、ともかく始めてみよう。このKOH's VIEWの部屋から何が見えてくるのか楽しみにしながら。親友からニフティの「パソコン通信」を教えてもらったのが1990年代の始め頃。フォーラムやパティオに参加しながら、「パソコン通信」の便利さや楽しさを感じてきました。やがてインターネットが本格化して、e-mailでのやり取りが急増し、連絡手段としてなくてはならないものになりました。ビジネスの必要性から2000年には、私が経営していている会社のホームページを立ち上げました。その時点ですでに会社のホームページはありましたが、ユーザーとコラボレーションしながら、本格的に商品を紹介し、販売するサイトを自ら製作し、運営を始めました。
仕事のこと、普段考えたり感じていること、自分自身の勉強や備忘録的メモ、趣味、地域のこと、そして自分の身の回りについての記録、などを書いてみよう。

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