「漆はジャパンである」
「近代の日本は、生活空間から漆器を無くすことを目指してきたんです」。百年以上前の日本人の生活空間を想像してみて下さい。住まいも食器も漆塗り。なにもかも漆だらけでした。
「漆器というのは時代の流れとは逆にある存在です。だからこそ郷愁を抱く。こうした美しい誤解を作り出して、漆を一人歩きさせたのではないでしょうか」
あえて申しましょう。現代の漆とは、手仕事の世界から遠ざかる日本人の複雑な心情が溶け込んだ「美しい誤解」の塗料なんです。日本人が捨てきれないでいる価値観が、漆の深い光沢の中に潜んでいるように我輩、思えてならないのです。
『漆はジャパンである』 北國新聞社編集局編
(《我輩の独り言》 p334)
9月1日に発売された漆の本をご紹介します。「我輩は漆です。」の文章で始まる漆を主人公に見立てて、石川県の漆産地の現状と漆の伝統と今後の取組みが紹介されている。北國新聞に連載されていた記事の集大成として出版されているので、漆を様々な角度で、またさまざまな登場人物を通して語ってあるので、漆についてとても理解しやすい。
Hanger-Networkでは、いよいよ明日から「Hanger meets Japan」と銘打って、漆塗りハンガー展を開催する。(会場に、この書籍『漆はジャパンである』を展示しています)
この本の中の一節に興味ある記事を見つけました。
《japanが通じない》。英語では「偽物の意味?と言う一節です。
要約すると、漆器を意味するjapanが文献に初めて現れたのが1688年。(オックスフォード英語辞典) 当時、欧州では漆器へのあこがれでさかんに模倣品が作られた。漆以外の素材で漆に近いものを作る技法が編み出され、そうしてできあがったものをjapanと呼んだ。本物の漆と偽物との両方を含む。現在では、漆は英語では「Japanise lacquer」(ジャパニーズ・ラッカー)と言う。明治生まれの「うるしの神様」と言われた人間国宝、松田権六(ごんろく)氏が、「漆はジャパン」と言い続けた。それは、明治の近代化のために外貨を稼ぐための漆器輸出。日本の未来を背負う心意気。
なるほど、大きくうなずく。
私は1年前に「漆塗りハンガー展」を企画した時から、そのタイトルは「Hanger meeets Japan」で行こうと密かに決めていた。それは、私なりの考え(いや、イメージ)があったからだ。それは、松田権六氏の心意気に近いものである。志の高さには足元にも及ばないが、私なりに挑戦してみました。
洋服と一緒にやってきた「西洋の道具であるハンガー」と「日本の調度品や家具などに施した伝統的な仕上げである漆塗り」との「出会い」から、何か新しいものが見えてこないだろうか?西洋と東洋の出会いと言うと大げさかも知れないが、私自身、漆を通じてハンガーのことを再考してみたい。
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