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March 16, 2007

台風23号('04年10月) 被災からの復興体験(その4)

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工場には5つの棟がある。レベル(地面の高さ)の一番高い棟から順番に、川から引っ張ってきたホースの水を流す。いよいよブラシを使って、床の泥を流す作業を始める。1日1棟ずつ洗い流すが、一旦綺麗になったと思った床も、乾いてくるとまだまだ真っ白。泥はそう簡単には除去できない。高い位置の棟から下の棟へ。毎日、毎日、何度も、何度も繰り返す。

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やっと工場の一番レベルの低い「工場入り口」のところまで泥の除去作業が進んだ。ここまで来るのに、もう既に被災後1ヶ月以上がたっている。師走(12月)がもうすぐやって来ようとしている。「さあ、もう少しだ!」と掛け声を掛け合う。

社員全員が頑張ったからここまで来れたと思う。この間、社員の表情がとても明るかったのが印象に残っている。災害に遭遇したことで、社員の団結力が増した。その後の会社の復興を考えても、この時の、窮地をみんなの力で乗り越えた団結力は会社の大きな財産になった。

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全ての木工機械は、お世話になっている木工機械会社に一旦引き取ってもらい、修理とチューニングを行なった。ちなみに、体育館ぐらいの大きな倉庫を借りて機械を一時保管したと聞く。機械の修理に約2ヶ月。「年末までにラインの復旧を」が合い言葉だ。

年末ギリギリに、なんとかハンガーの生産ができる一通りの機械が復旧した。しかし、今度は、ここまでこぎ着けることが本当に出来たのかと、信じられない気持ちであった。機械のない工場は廃墟と一緒。一式並んだ生産ラインを見て、心の中に込み上げて来るものを感じた。

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災害を乗り越えた原動力は、なんと言っても一緒に頑張った社員である。

災害直後の、電気もない、トイレも使えない、コンビニで買ってきたオニギリを食べながら、それでも冗談を言いながら、一緒に復旧に当たった社員。普段の仕事を通じてだけでは得られない深い信頼感を感じた。

また、浸水直後の朝、どこから手を付けて良いのか判らず途方に暮れていた時に、駆けつけてくれたKさんや但馬学の仲間のSさんに改めて感謝します。その時にもらった勇気がなければ、このような復旧は不可能だったと思います。ありがとうございました。

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台風23号が襲来したのは10月20日夜。この画像は翌日の21日の稲葉川である。工場の少し上流当たりの堤防が決壊しかけている。ただし、結局は、この堤防の高さを1m以上超えて増水していることになる。

その後、この豊岡市日高町岩中地区は台風23号の激特事業(河川激甚災害対策特別緊急事業)の対象地域に指定され、円山川と稲葉川の改修工事が始まった。

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