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January 29, 2007

「山路寺と片山楊谷」 養父市大屋町

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兵庫県養父市大屋町に「山路寺(さんろじ)」と言うお寺がある。先日、但馬学研究会の例会で大屋を訪ねた時に、メンバーと訪ねた。大屋町は、但馬学では最もたくさんの例会を開催している「地域の話題が満載」の町である。旧・大屋町役場の横の小高い地にこの山路寺がある。いつも役場の駐車場から眺めることができて、気になっていたお寺だが、今回初めて訪ねる機会を得た。

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なかなか立派な本堂である。高野山真言宗平林山 山路寺。永承二年(1048年)に密教道場として開創。全盛は鎌倉時代であると言う。

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山路寺は、稲葉楊谷(いなばようこく)の筆になる襖絵などで有名でもある。住職の説明では稲葉揚谷であるが、インターネットで調べると「片山揚谷」として記されている方が圧倒的に多い。この山路寺障壁画は、兵庫県指定重要文化財として登録されている。写真は、「老松図襖」。

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「片山揚谷」は、宝暦十年(1760年)、医師の子として長崎に生まれる。幼少の頃に父母を失い、諸国巡礼の末、鳥取に来て滞在し、茶道家片山宗巴の家を継いだ。「渓流猛虎図襖」。迫力のある虎だ。

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山路寺の襖絵は、寛政十二年(1800年)揚谷41歳の作品。揚谷の最晩年の作品。揚谷は、享和元年(1801年)に但馬湯村温泉に逗留中に急死したと言う。住職は揚谷の絶筆であろうとの説明。「牡丹孔雀襖」

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兵庫県の重要文化財であるような貴重な襖絵を写真に撮らせていただいた。老松の構図、猛虎の迫力あるタッチ、孔雀の繊細な筆遣い。果たして片山揚谷と言う画家はどのような人であったのであろう。そして、山路寺とはどのようなご縁があったのだろう。

大屋町には、豊かな自然、歴史と山里の生活、鉱山跡、養蚕農家、興味深いものが一杯ある。

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Comments

コダマさん、
大屋町だけでなく、鉱山跡は但馬にはいくつかあります。「近代化遺産」についても先日書きました。一度、見て歩く機会を設けても良いですね。丹波地方の歴史も大変古いものがあります。最近、私にとって、但馬・丹波・丹後と繋がりが増えてきています。お互いの歴史や文化を紹介し合うのもいいですね。

KTRいいですねー。宮津から先も、いつか乗ってみます。

Posted by: koh | February 03, 2007 11:02 PM

但馬学会で勉強されてること、いつもお聞きしたいと思う内容ばかりで興味津々です。遠いので参加できないのが残念です。
大屋町のことですが、たまたま目にした新聞の小さなコラムに明延鉱山のことが載っていて、かつての繁栄と現在の過疎などの内容が印象に残って、切り抜いてとってありました。調べたらあの近辺には他にもたくさんの鉱山跡があるのですね。またいろいろ教えてください。
話は変わりますが、KTR、宮津から西舞鶴に行く線に機会があったら、乗ってみて下さい。由良川の河口を渡るので、すぐ反対は海で何ともいえない景色です。
大江山の麓をゴトゴト走る1両編成の列車を見て乗りたい気持ちが募り、KTRにわざわざ乗りに行ったことがあります(笑)でもKOHさんと逆で宮津から先は未体験ゾーンなんです。豊岡まで乗ってみたくなりました!

Posted by: コダマ | February 02, 2007 03:57 PM

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